3. 身体的な隔離を感じずに店内飲食を楽しむためのデザイン
最後に紹介するのは店内での飲食に関するデザイン。「社会的距離を保ちながら、いかに客が店内での飲食を楽しむことができるか?」という課題に対するソリューションだが、それが「パンダのぬいぐるみを座らせただけ」だったのがなかなか面白い。
多くの飲食店では、感染予防と売上確保のジレンマに挟まれている。人が店内に密集しない状態を作るためにテイクアウトやデリバリーの機会を増やしたり、客席数を減らしたり、あるいは換気や消毒を徹底するなど、様々な工夫をしながら事業を運営している。
しかし、「新しい生活様式」に準拠しても、今はまだ店内飲食の受け入れを手放しに喜べる状態ではないだろう。また、飲食をする側の気持ちとしても、心から食事を楽しめる時間には至らないのが現実だ。
そんな中、タイにあるベトナム料理屋が始めたのが「客が座る席の正面には、パンダのぬいぐるみを座らせておく」という取り組み。食事中も客同士が十分な距離をとれること、また自分がどの席に座るべきかを一瞬で判断できるという点から好評なようだ。
タイのベトナム料理店内に座るパンダ。席によっては透明のアクリル板も併用しているという。(Reuters UK)
客席へ自然に誘導し、店内の空気を和らげてくれる
おしゃべりは控えめにする、大皿は避けるなど、屋内での食事に課せられた新生活様式は、どうしても「感染拡大を防ぐためのもの」という意味合いが強かった。飲食業と客、双方が守らなければならないこととして、互いに不自由さを感じさせざるを得ない。
一方、このパンダには注意書きが丁寧に書かれているわけでもなければ、来客が遠ざかりたくなるような気持ちにさせるわけでもない。客を、座るべき席へ自然に誘導し、店内の空気を和らげる役割を担っている。
「食事を通じて、人に喜びを感じてもらうこと」は、多くの飲食業の方々が思い描いている願望であろう。たとえ障壁が多い状況でも、このように人と人の間に介在するものを、両者の気持ちに寄り添うものへと工夫することによって、その実現が可能になっていくのだ。まさにこのパンダからはそんな可能性を感じさせられる。
必要なのは「共感」と「アイデア」
ここまで、コロナ禍を機に生まれたデザインを紹介してきた。どれも技術的に真新しさがあるわけではなく、どちらかと言えばローテクに分類されるものだ。しかし、これからの私たちの暮らしに安心と喜びを与えてくれる可能性を感じさせてくれるものではないだろうか。
我々が新しい生活様式に適応できるようになるまでは、常に心のどこかで窮屈さを感じながら生活を送ることになるかもしれない。会話の際にマスクが障壁となったり、公園で気分転換をしたくても周囲の人との距離を常に気にかける必要がある。さらには、食事を味わうことよりも予防することに意識の多くを割かれてしまう、など。
しかし、人の気持ちに寄り添うアイデアがデザインされることによって、身体的な距離を保ったままでも、相手との心の距離は縮められる。困難な環境下でも、私たちは周囲との間に新たな関係性を築きながらより良く生きていくことができる。これまで紹介したのは、そんなデザインの一例だ。
また、こうしたデザインへの近道は、やはり「共感」にありそうである。周囲の人の行動を見て感じたり、あるいは自分の経験から得た、ちょっとした違和感や好奇心こそが良い出発点になる。
そしてこうしたデザインの考え方から生まれたモノやサービスが増えていくことで、「新しい生活様式」に戸惑う人々が、上手に適応していくことができるのではないだろうか。
「新しい生活様式」を受けて、企業や組織として何ができるかは既に多くの方々が考え、行動に移していきたいと望んでいることだろう。
そんな時こそ、デザインが得意とする考え方が活かせる機会はたくさんある。そこで重要になるのは、近くの相手の気持ちに共感すること、そこから共感をベースにした体験を作ることだ。
(この記事は、btraxのブログfreshtraxから転載・編集されたものです)