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セイコーが手がけるハイエンドなブランド「クレドール」の中で、デザインの個性が群を抜いているのは「リネアルクス」だ。ひと目でこのシリーズとわかるアイコニックな造形は、1985年に誕生した「リネアクルバ」のDNAを受け継いでいる。連載第5回となる今回は、35年の時を経てなお変わらないクレドールのエレガンスの系譜を追った。


かつてデザイナーはシンガーソングライターだった


クオーツウォッチが全盛期を迎えていた1980年代初頭。高級時計に特化したクレドールはクオーツ需要激増の追い風を受け、拡大の一途をたどった。多くの著名人が身につけたこともあり、その知名度は一気に上昇している。

そんな中でも、常に“次”を見据えるセイコーは、デザイナーの海外留学やデザインコンクールへの参加など、創造力や品質の向上への投資を惜しまずに続けていた。その先には、“スイスブランドと戦う”という命題があったからだ。

そして、1985年に新しいモデル「リネアクルバ」が誕生する。クレドール初のデザインシリーズとなった画期的な高級ウォッチである。デザインを担当したのは、パリ留学でジュエリーのデザインと製作を学んだ諏訪精工舎(現セイコーエプソン)のプロダクトデザイナー、山下功氏であった。長野県塩尻市のセイコーエプソンに山下氏を訪ね、当時の話をうかがった。

大ヒットモデル「リネアクルバ」の製作は、どのような経緯でスタートしたのですか。

山下「これは私が所属していたデザイン工房からの自主提案です。当時、この部署はできたばかりで、自分で画を描いて、自分で作るという、いわばシンガーソングライターのような創作活動をしていました。ルーティンの業務とはまた違う、新しいもの、面白いものを提案できる環境にあり、企画・デザイン考案・開発については今よりも自由度が高く、作り手の思考と行動力が尊重される傾向にあったと記憶しています」


自ら手がけた1980年代の「リネアクルバ」を手にした山下功氏。山下氏は1978年、諏訪精工舎(当時)に入社。デザイン工房(後の宝飾工房)に配属され、クレドールのモデル製作、デザイン、企画を担当する。コンテストでの受賞歴多数。

そうやって自由に製作された「リネアクルバ」は、やはり斬新なデザインだと思うのですが、どんなテーマのもとに生み出されたのでしょうか。

山下「このデザインが意味するものは、過去、現在、未来を表わす3つの輪の重なりなんです。3つの輪のうち、現在を表す輪をフィーチャーして時計の顔(フェイス)とし、過去と未来は“かん”の部分にあたる輪の一部で表現しています。連なる輪は、その時々の記憶を意味します」


「リネアクルバ」の形が意味するものを山下氏が図解。このイメージからケースのデザインが生まれた。

時の流れを輪の連鎖で表したのですね。そのインスピレーションはどんなことから得られたのでしょうか。

山下「るつぼの中で溶けた金を見たときに、その形と色の美しさに魅せられました。溶けた金は真球になりたいのでしょうが、重力が影響して自然にやや広がります。その形の無理のなさ。また旋盤を使用した作業で、高速回転した加工物は、切削によりあたかも静止しているがごとく真円の面になります。その完璧な真円の持つ美しさ。そうしたものに惹かれ、素材のなりたい形と製法を発想の源にして、内面から放つパワーと危うさが共存するデザインを表現したんです」

同じデザインをいくつも作ることに示された難色


とても面白く、興味深い発想です。そしてもうひとつ面白いことに、当時のクレドールの高級ラインでは、デザインをシリーズ化して継続するということがなかったと聞いています。それを覆して「リネアクルバ」は初めてシリーズ化されたのですが、その過程において大変なことはありましたか。

 山下「当時はデザインシリーズという考え方がなく、“同一デザインでシリーズを展開するのは手抜き” “高級品は手間を惜しまずひとつひとつ別物としてデザインすべき”という意見が多く、クレドールの関係者に受け入れられない場面もありました。さらに、ステンレススチール素材を前提としたモデルと、18Kゴールドのモデルを同じデザインでシリーズ展開をすることに難色を示す人もいました」

そんな中、どのように折り合いをつけたのですか。

山下「厳しいことも言われましたが、それでも“山下さんが持っている世界観を出してくれ”と、クレドールの企画の方が任せてくれたんですよ。それには今でも感謝しています。当時は開発の自由度が高く、デザイナーの意をより反映しやすい時代だったのです」


かつて一世を風靡した「リネアクルバ」(右)と、現代の「リネアルクス」レディスモデル(左)。「リネアクルバ」は薄く繊細、「リネアルクス」は立体的でモダンな印象。

苦労の末に“デザインシリーズ”が形になりましたが、これによってクレドールのデザインや体制はどのように変化しましたか。

山下「それまでは、その期に1企画1デザインを決めれば、次の期には別デザインを考案するという“一話完結型デザイン開発”の繰り返しでした。つまり、木は育てるけれど、どのような森(ブランド)にするかは計画しづらい状態でした。「リネアクルバ」シリーズ誕生以降は、いくつかのシリーズが展開され、デザイナーの仕事も、シリーズものでは数年先までのロードマップが描けるようになりました」

それによって、どのようなメリットが生じたのでしょうか。

山下「シリーズものにすると、商品開発から製造、販売にいたるまで、予算を効率的かつ継続的に集中投下することができます。そして商品開発が継続することで、味わいや華やぎといった感性の部分が熟成していきます。これは単発商品ではかなわないことです。この効果は魅力ある商品をリーズナブルな価格で提供できるという、何よりもお客さまにとってのメリットにもつながっていったのです」

「リネアクルバ」はデザインシリーズとして順調に発売。大ヒットして、1990年までに販売本数は30,000本を超えた。

新シリーズ「リネアルクス」は復刻ではなく再生


クレドールの“デザインシリーズ化”に大きな役割を果たした「リネアクルバ」も、1990年代に入り、高級時計の機械式人気の高まりとともに姿を消すのだが、約15年の時を経た2016年に「リネアルクス」という名で再生される。なぜ、復刻ではなく再生だったのか? その開発に携わった、セイコーウオッチ デザイン部長の種村清美氏にも話を聞いた。

まず「リネアルクス」は、どのような理由で製作されたのですか。

種村「リネアクルバを復刻させようということではなく、新しい女性用の時計を生み出す、ということが最初にありました。当時、クレドールのメイン商品は宝飾的なものが多いため、このままだとハレの日やお出掛け用というラインアップばかりになってしまう。女性も働いたり、もちろん日常生活でも時計をするので、そうしたときでも輝かせてくれる時計を作りたい、ということから企画されたのです。リネアルクスという名前は、イタリア語で線を意味する“リネア”と、照度の単位を表す“ルクス”を合わせた造語で、“輝く人のために生まれたシリーズ”という意味が込められています」


セイコーウオッチ 企画開発本部副本部長 兼 デザイン部長であり、執行役員でもある種村清美氏。1987年、セイコー電子工業(当時)に入社してキャリアをスタートさせた。

働く女性というと、どうしてもグランドセイコーをイメージしてしまいますが、その違いを教えてください。

種村「グランドセイコーは、ビジネスにしっかりと焦点を当てています。ですがクラス感のあるクレドールでは、もう少し肩の力を抜いたデザインで、デイリーユースながら日常をランクアップさせてくれるような時計を作りたい、と考えたのがリネアルクスということですね」

ベースには「リネアクルバ」を選ばれたわけですが、そのキッカケを教えてください。

種村「私は入社から6年間他の部署におりましたので、クレドールのような高価格帯のドレスウオッチのことは詳しく知らなかったんです。その後異動になり、クレドールの世界に深く触れたのですが、リネアクルバのデザインはヘッドからバンドまでが分断されることなくつながっていて、シンプルだけど、とても美しいと思ったんです。眼から鱗といいますか、こういうデザインもあるんだ、と。当時は、そういう感想を持っただけだったのですが、“女性を輝かせる時計を作ろう”となったときに、パッとリネアクルバのことを思い出したのです」

でも復刻ではなく再生なのですよね。

種村「復刻しようという気はさらさらありませんでした。20年ほど前に美しいと感じたリネアクルバを現代的に再解釈することで、現在の女性たちにも響くものになるのではないかと、まず考えました。素直に流れるインテグラルな、シンプルなんだけれどもエレガントなデザインをリアレンジすれば、きっと現在の女性たちにも受けるんじゃないかな、と思ったんです。残したのは、3つの輪の重なりというデザインモチーフが持っている、バンドからフェイス へ、フェイスからバンドへと自然に流れるようなラインです。リネアクルバは薄くフラットでエレガントにまとまっているんですけど、リネアルクスは球面的で立体感があります。ナチュラルというキーワードから、水の表面張力を思いついたんです。時計を何かで刺したら破裂してしまうようなパワーがありながらも、肩に力が入っていないナチュラルなもの、ということで、この形になりました 」


ベゼルとバンドをつなぐケースの“かん”と呼ばれる形状に個性が光る「リネアルクス」。レディスモデルの文字盤はクラシカルなボンベ形状で、周囲がほんのわずかに曲面となり、ふっくらとした形になっている。

「リネアルクス」のレディスモデルは想定通り順調に販売され、今やクレドールには欠かせない商品になっています。その後「リネアルクス」にはメンズモデルもラインアップに加わりました。ベースが繊細なデザインです。男性的な要素を出すために心掛けたことはありますか。

種村「レディスをそのまま大きくするというアイディアもありました。でも、今の男性の日常を輝かせるには、女性のナチュラルさとは違うかな、というところで、あえてエッジを効かせる方向でデザインしました。具体的には、ベゼルを丸から八角形にすることで、シャープさを出しています。女性のナチュラルさに対して、カット面でシャープさを残したかったのです」

自由な環境から生み出された斬新な腕時計「リネアクルバ」は、デザインシリーズというシステムのルーツとなり、「リネアルクス」へと継承され、現在、そして未来へと続いていく。「リネアクルバ」誕生から35周年に当たる2020年、その記念すべきアニバーサリーにふさわしく、ブランドの強みである匠の技を活かした新作の開発も続けられている。クレドールブランドが誕生して46年。そのデザイン遺伝子は、さらなる拡がりを見せ始めている。
 


クレドール リネアルクス GCLH977
水中をたゆたう「氷」をイメージした優雅なデザイン。スプリングドライブの特徴であるなめらかな秒針の動きが堪能できる。

手巻きスプリングドライブ。SS。クロコダイルストラップ。ケース径39.3mm。750,000円(税別)。
詳しくはこちら。


クレドール リネアルクス GSAS932
ゆるやかな曲線を描いたボンベ状のダイヤルが高級感を漂わせる。「水」をモチーフにした造形と、やわらかな表情が魅力。

クオーツ。SS、18KPG、ダイヤモンド(計0.24カラット)、ブルーサファイア。ケース径27.0mm。950,000円(税別)。
詳しくはこちら。


クレドール リネアルクス GCCD989
このシリーズのメンズラインのデザインコンセプトである「氷」をイメージした、印象的な八角形のケース。

自動巻き機械式(手巻き付き)。SS。クロコダイルストラップ。ケース径38.5mm。530,000円(税別)。
詳しくはこちら。

問い合わせ:セイコーウオッチ お客様相談室(クレドール) 
☎︎0120-302-617
www.credor.com


【CREDOR 7つの物語】

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Promoted by クレドール / text by Ryoji Fukutome / photos by Ryoichi Yamashita (Battuta) / realization by Keiko Homma

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