「衣料品の染料には使えないですかね?」
繊維商社の社員である谷村に、キユーピーの担当者はこう持ちかけてきた。廃棄食材を染色に使えないかというアイデアは、実は先方からの提案だった。
日本でも草木染めなど天然染めの生地はあるものの、谷村は工業化している例が思い浮かばなかった。しかもアパレル業界の通例では、洗濯したり日に当てたりすると色落ちするため、大量生産はできず、ビジネスとしては成り立たないと言われていた。
食品ではないが、工業化された天然染めの技法はないこともなかったが、製品の価格が高くつき、消費者には「なるほど」と興味を持たれたとしても、買おうとする人は少ないだろう。提案を受けて、谷村の頭にはそんな印象が真っ先に浮かんだ。
しかし、担当者が語る食品会社が抱える悩みに耳を傾けると、共感することばかりだった。食品業界とアパレル業界が抱える悩みと課題には近いものがあり、大量に生産はするが、その結果、捨ててしまうものも多い。とはいえ、商品はつくり続けなければならない。谷村が直面していた悩みと同じものをそこに見出したのだ。
だからこそ、「やってみましょう」とまず谷村は返事をした。すぐに社に持ち帰り、廃棄食材を染料に使った生地生産を提案すると、周囲は「面白い」と言ってはくれるものの、ビジネスとしては成り立たないだろうと思われているようだった。
「やりなさい」と社長が後押し 染料化への困難な道のり
だが豊島半七社長の反応は違った。谷村の提案に対して、「やりなさい」と後押ししてくれたのだ。急にやる気スイッチが入った。そうなれば早い。課長も乗り気になり、30代はこのプロジェクトに賭けてみようと、谷村は決意した。
異業種交流会から1年後の2015年2月に、「フードテキスタイル」と名付けられたプロジェクトは始動した。しかし、まず廃棄食材を安定的な染料にするのが想像以上に困難だった。
「生モノなので腐ってしまうと染料にならないのです。ただ廃棄された食材ではなく、そのなかでも鮮度が高いものだけが使いものになるのです。それに残渣が無くなってしまうといけない。同じクオリティの原料を定期的に手に入れる必要がありました」
プロジェクトが進むうちに、1つの食材からpH値で酸性とアルカリ性を調整することで、10色ほどの色合いが取れることがわかった。例えば紫キャベツなら、濃いめなピンクから黄色まで、11色のグラデーションが生まれる。
また、トマトといえば赤のイメージだが、染色すると赤ではなく黄色やベージュとなる。赤カブはピンクからブルーまで、色の幅がある。現在は50の食材からデータを取っており、希望に合わせて500色は展開できるようになっている。