1つの試みとして行なっているのが、店舗に人力車を置くことです。人力車はバングラデシュの象徴でもあり、私が乗りながらジュートバッグを作っていた思い出深いものでもあります(笑)。そういうものがインスタスポットとして映えたり、子どもが遊んだりできる場になっている。途上国や工場で働く彼らに想いが馳せる瞬間をブランドとしてもっと表現したいです。人力車は、その哲学を表現する1つの方法だったと思っています。
立川の店舗前に設置された人力車。8月7日にオープンした銀座店にも人力車が展示されている(画像=マザーハウス)
──持続可能なファッション業界の実現に向けて、デザイナーとして何が求められていると感じていますか。
デザイナーは、もはや形だけ作っていては無責任だと思います。どんなに美しい商品でも、作った職人が泣いていたり、ゴミになってはしょうがない。求める美しさのレイヤーがプロダクトだけではないことが重要になってきます。
ファッション業界では、デザイナーが経営と離れたところにいることが多いです。2〜3年でデザイナーを替えてしまうラグジュアリーブランドも多いですが、クリエイティブと経営はもっとがっちり組んでいかないと。エコ素材を使うにしても原価率が変わったりと、デザイナーの一存では決められないくらい大きな意思決定です。社会にいいものを作ろうと思ったら、デザインがビジネスに歩み寄り、マネジメントがクリエイティブに歩み寄らないといけないと思います。
──今後について誰も見通せない状況ですが、山口さんはマザーハウスをどのように展開していきたいと考えていますか。
本当に何が起きるかわからないですよね。百貨店や店舗、工場もいつ動かなくなるかわからない。その中では何が当たるかわからないから、選択肢を1つに絞らないことが大事だと思います。「これだ!」と思った時に移れるカメレオンのような状態が安心します。なので、洋服のデザイナーがバッグを手がけてみたり、ウェブ担当者が店舗に出てみたりと横断的にできるような体制を作っていきたいです。
生き延びるためには、移動の可変性が必須です。インドの工場が閉鎖したらバングラデシュでまかなえるのか。今回バングラデシュがロックダウンになってしまい、現地スタッフが自宅待機になった時に宿題を出したんです。今まで製作をしていたスタッフにバッグのデザイン画を描いてくださいと指示しました。実際に商品化できる段階ではありませんが、職人がデザインするのは初めてだったので、マインドの切り替えに挑戦する、はじめの一歩が踏み出せたと思います。
新規事業も同時進行していて、爆発できる時に出していけるように準備しています。この状況でデザインの発想も大きく変わりましたよ。
バッグのデザインも、人々の行動によって変わってきます。在宅ワークで週に1度だけ出勤する人や、ちょっと近くのカフェで仕事をする機会が増えたことで、パソコンが入るような大きくてスリムなバッグが1番いま売れているんです。そうした社会の流れに合う商品を作るためにも、コンセプトワークをする時間が長くなりました。いつもは私が自社工場に出向いて試作品を作るのですが、現在はバングラデシュの工場で試作品を作ってもらっているので、製作して届くまでに2〜3週間かかってしまうこともあり、何個も新作を動かしている状態です。できた順から売り出すぞって感じで(笑)、1つに賭けることは非常に危険ですね。
この自粛期間中に「自分の哲学や守ってきたものが正しいのか、何を変えなければいけないのか」をたくさん自問自答していました。理念をどこまで守り切るのか、またどこに柔軟性を持たせるのかを、いま1番考えていますね。
山口絵理子◎マザーハウス代表兼チーフデザイナー。慶應義塾大学卒業。バングラデシュBRAC大学院開発学部修士課程入学。現地で2年間、日本大手商社のダッカ事務所にて研修生を勤めながら夜間の大学院に通う。2年後帰国し株式会社マザーハウスを設立。