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電通総研内のクリエイティブシンクタンクによる連載「NEW CONCEPT採集」

イラストレーション=尾黒ケンジ

人やものを運ぶために生まれ、文化が醸成され、時代を作り出してきた「道」。道には、必ず起点と終点が存在する。そのなかで行われる人々の営み、コミュニケーションによって予想もできないユニークな物語が生まれてきた。

道と物語との掛け合わせは、SNSの普及や都市の再開発など、さまざまな均一化が進行する現代社会において重要なヒントになるのではないだろうか。本記事では「道」の可能性を探っていく。



先日、愛知県設楽町の「千年の森」という場所でとても興味深い道に出合った。そこは、ブナの原生林が消えつつあった状況を危惧した加藤夫婦が、たったふたりきりで再生を始めた森で、いまや多くの人によってその姿を千年先までつなごうとしている。驚いたのは、その夫婦が苗を植えるだけではなく、散策道まで自分たちの手で作ったことだった。夫人はその道をゆっくり歩きながら、その森で起こった出来事を説明してくれた。

近くの小学校の先生が自分たちの活動を知り、毎年生徒と一緒にひとり一本のブナの木を植えていること。森に魅せられて、仕事を辞めた女性がカエデの木を植え、メープルシロップを作って販売しようとしていること。これまで多くの人が、森づくりや 小屋作りのワークショップに参加したこと。

移りゆく風景を楽しみながらそんな話を聞いていると、夫婦の作った道があったからこそ、いろいろな出来事が生まれたのだということに気がついた。

道を作ったことで森に入り口ができ、さまざまな人が入ってきたし、その人たちによっていろいろな出来事が起きた。このような物語が生まれる道を、ストーリーとストリートで「ストーリート」と名付けた。


「千年の森」の中にある、夫婦で作った丸太・落ち葉でできた散策道。森を一周する

道とはそもそも、日本的な空間要素だ。古代ギリシャなど西洋が広場的に都市を発展してきたのに対して、日本は昔から道によって都市が成り立ってきた。平城京や平安京、江戸時代の城下町にも広場は見当たらない。井戸端会議のように、日本人は昔から日常生活の延長である道をパブリックスペース化し、そこで出会った人と偶然的にコミュニケーションをとってきた。そして、人々はその道があたかも自分のものであるかのように、わがままに占領しあうことで魅力的な空間を保っていたのだ。

東海道五十三次で描かれている風景一つひとつに人と物があふれていて、その風景の連続が物語を生んでいる。昔の日本はストーリートにあふれていた。

しかしいまの日本のパブリックスペースは西洋的な広場がモデルになっていることが多い。ビル高層化に伴う公開空地、誰もいない駅前広場、コワーキングやフリーアドレスのオフィスもすごく広場的。日本人に広場という空間はしっくりこない。コミュニケーションが起きづらく、ゆえに魅力的な物語が生まれない。「ストーリート」は、現代のパブリックスペースには、必要なコンセプトになってくるはずだ。

文=高橋窓太郎 イラストレーション=尾黒ケンジ

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