火星人の写したグローバル・ビレッジ

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今年は7月下旬に、明け方の空に太陽系の8惑星すべてが並ぶという、オールスター天体ショーが実現する瞬間があった。その中でも真南近くの中心で赤く輝く火星は、2年少々の周期で地球とランデブーするのだが、今年10月6日にまた最接近し、それを狙って中国やUAE、アメリカ、ヨーロッパ・ロシアの探査機が相次いで打ち上げられている。

彼方から見えた己の姿


多くの惑星探査機が目指しているのは地球外生命の痕跡だが、1965年にアメリカのマリナー4号が初めて火星に接近して撮影した写真には、月のようなクレーターしか写っておらず、もう8年近く表面を探査しているキュリオシティによる詳細なパノラマ写真にも、荒涼とした岩石しかない砂漠のような風景が広がっているだけだ。

19世紀末に天文学者のパーシバル・ローウェルが表面に運河が見えると主張し、H・G・ウェルズがSF小説『宇宙戦争』(1898)で火星人の地球侵略の話を書き、1938年にはオーソン・ウェルズがこの話を元にしたラジオドラマを流したところ、ニュースと勘違いした視聴者がパニックに陥った話まである火星人は、こちらが近づけば近づくほど遠ざかっていく。

ところが、こうした無機質な写真の中に唯一興味深いショットがあった。それは火星探査とは一見関係なさそうな、夜空に浮かぶ何とも頼りない星が光っている一枚だった。キャプションには「火星から見える地球と月」とあり、それは説明されて初めて分かるわれわれの星の姿だった。まるで、暗闇で怪しい人影を見つけて誰かと思って照明を点けてみると、実は部屋に置かれた鏡に映った自分の姿だった! というような、主観と客観が逆転するような不思議な印象を与える一枚だった。

新しいテクノロジーの出現は人間の世界認識の地平線を広げ、より大きな枠組みの中で人間存在を捉えなおすきっかけになり、時代も変えていく。

19世紀にインターネットの前身ともいえる電信が発明され、郵便で何カ月もかかった地球の裏の情報が即座に分かるようになって、帝国主義による植民地支配という近代グローバリズムが現実のものになり、電信網を駆使するイギリスが大英帝国を築いた。

その結果起きた西欧諸国とロシアの衝突となったクリミア戦争は、イギリスでは電信によってリアルタイムで報じられたせいで、地の果ての無関係な争いというより国内で起きている大事件のごとく感じられ、同胞が日々死傷する報にいてもたってもいられなくなったナイチンゲールは志願して兵士の看護にあたり、それが看護や医療の近代化につながった。

また電信網を大陸間に広げるために引かれた海底ケーブルのせいで、それに引っかかった未知の生物の残骸が引き揚げられ、深海生物の存在が注目されるようになり、地球の生命圏の広がりや深い地殻構造に対する認識が大きく変わった。

20世紀には電波の利用が始まり、第二次世界大戦ではレーダーが実用化されたが、空に向けたアンテナからは敵機ばかりか、雲や大気の状態を示す影や、地球外からやってくる未知の信号も伝わってきて、それがきっかけで電波天文学が始まり、ついには宇宙背景照射やパルサーなどが発見され宇宙の見え方が根本的に変わった。

宇宙からの電波の中には宇宙人の存在を示す証拠もあるのではないかと、受信した信号のパターンの中にメッセージを読み解いたり、電波でメッセージを送って反応がないかを観測したりするオズマ計画のような地球外知的生命探査(SETI)も始まった。
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文=服部 桂

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