世界のオゾネが「どこでもドア」から降臨。劇場という奇跡

撮影:小田駿一


観客が小曽根氏の音楽にたくさん癒され、明日への活力を得られたように、ふたりもまた観客とのコミュニケーションが“原動力”になったという。

「音楽を通じて、少しでもみなさんの気持ちが晴れたらと思って、僕らがはじめたことなのに、逆にみなさんからいただくコメントにものすごく元気をもらいました」(小曽根氏)

「私たちの背中を常に押してくださったのが、聴きに来てくださる方たちだったんです」(三鈴氏)

ふたりはコンサートのキャンセルが続くなか、場所をリアルからネットへと移し、「ステイホーム」しながら、人とのコミュニケーションを取ることをやめなかった。

「彼はとにかく人が好き。誰かが自分の音楽で喜んでくれるのがうれしくてしょうがないんです。目の前で笑ってくれたり、感動してくれたりするのを見るためなら、死ぬまで弾き続けることを厭わないかも」(三鈴氏)

観客からの「応援」があったからこそ、53日連続コンサートの「本番」を迎えるという荒業が行なえたのだろう。もしこれが一方通行の配信だったら……。オンラインでも双方向コミュニケーションが可能であることを表わすエピソードだ。

「その作品を観た」だけが絆。一瞬の共同体


ところで、このオンラインコンサートでは、観客とアーティストのコミュニケーションだけではなく、観客同士のつながりも生まれた。当日誕生日を迎えた人に小曽根氏がバースデーソングを演奏すると、ほかの観客の人たちから次々と「おめでとう」コメントが贈られることもあった。

コンサートが終了した今も、SNSのグループを通じて活発な交流が続いている。フェイスブックの「【非公式】小曽根真ファンの集まり」という公開グループでは、ウォッチパーティという機能を利用して、過去のリビングルームコンサートの動画をともに視聴しながら「復習」したり、小曽根氏や三鈴氏のメディア情報、コンサートやライブ、映画の情報をシェアしたりしている。先日、熊本を襲った豪雨で被害を受けた方からの投稿には、他のメンバーからの物資の支援や励ましの声が多数送られた。ときには、小曽根氏、三鈴氏ご本人がこのグループに“出没”することも。

顔も住む場所も知らない者同士。「リビングルームコンサートを聴きに来た」という、ただ1点のつながりが連帯感を生み、絆を深めたのだ。

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写真提供:ヒラサ・オフィス

実はこれは、三鈴氏がかねてから憧れていたスタイルでもあるという。

イギリスやドイツの劇場や映画館などでは、休憩時間になると観客がロビーに集まり、1杯飲みながら、その作品について熱く議論を交わす習慣があるという。お互い初対面。名前も素性も知らない人たち。共通点は「その作品を観た」というただ1点のみ。語り合ったあとは、それぞれの場所へと帰っていく。

「半分社交、半分プライベート。『夕暮れの文化』とも言えばいいのかしら。そういったカルチャーの場が持てるなんて、ものすごくいいですよね」(三鈴氏)

職場と家庭の間に位置する「カルチャーの場」。会社の同僚と職場の愚痴を言い合う飲み会でもなければ、家族と過ごす団らんのときとも違う。趣味や意識の合った人たちを結ぶ「サードプレイス」(第三の場)だ。会社で煮詰まったときにリフレッシュできるし、家庭に負の感情を持ち込むこともない。いい意味での「逃げ道」だ。
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文=柴田恵理 撮影=小田駿一 編集=石井節子

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