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2020.09.06

屋根は観客席。805平米のスタジアムに建つ「登れる家」

 写真/大倉英揮

その家は、田園風景のど真ん中、佐賀平野の北部に建つ。山の向こうは福岡県だ。

敷地は803平米。フットサルコートとほぼ同じ大きさだ。西側には公民館と神社、そして農地が広がる。建主は江頭洋明氏だ。

実はここは、屋根と敷地の関係を「観客席とグラウンドの関係」に見立てた、「屋根に登って大地を見下ろせる家」である。

サッカーを愛し、サッカー好きな子どもたちを愛する江頭氏は将来、家の前の空きスペースにフットサル練習場や子供のサッカースクールを作りたいという。そればかりでなく家の裏には畑も作りたいし、道路に面したあたりに店も出したい。江頭氏にとってこの場所は、いわば地域をまきこみ、人とつながり、受け入れる構想にあふれた「未開墾」敷地なのだ。

軒と地面の距離は1.3メートル。小学校低学年の子供でも台を使えば登れる、怖さはない高さだ。「1.3」は大人の身長とこどもの背丈の「間の長さ」、大人と子どもの「楽しい」を同時に実現する数字だ。

この「冒険できる平屋」の設計者は、作家・角田光代氏邸などの建築でも知られる建築家で、『家づくりのつぼノート』などの著書もある西久保毅人氏である。


敷地の広さは、ほぼ「フットサルコート」


実は西久保氏は、東京都心、白金台駅近くの建て坪5坪(約16.5平米)、実にコインパーキング2台分程度の土地に建った「世界から人が集まる超狭小住宅」の設計者でもある(建主は飯島夫妻)。この家は「東京建築士会住宅建築賞」を受賞、テレビ朝日の「渡辺篤史の建もの探訪」でも取り上げられた、建築好きの間では「知る人ぞ知る」家だ。

東京都心、白金台の「16.5平米」と、佐賀平野の裾野の「803平米」。敷地面積にして実に50倍近い差があるこの2つの仕事は、どんなふうに違い、あるいは似ていたのか。

「都市住宅は、敷地条件がある程度形を決めてくれます。でも、広い敷地で『なんでもやれる』状態だと、実はよりどころがない。江頭さんのおうちの仕事は、『自由な不自由さ』がけっこう大変でしたね。ただ不思議だったのは、両方の建主さんの嗜好に共通点があったこと。飯島さんも江頭さんも『人とつながる家にしたい』という点が、ぴったり一致していたんです」

では西久保氏は、その「なんでもやれる」不自由さからどうやって最適解を導き、その解をいかに「人とつながる家」へ生かしていったのか。
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文・編集=石井節子

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