カメラを武器に戦った黒人写真家に思う 抗議デモ渦巻くアメリカ社会の「地ならし」

差別を受けていた人たちの多様な姿を切り取った写真家、ゴードン・パークス。2005年にNYで撮影 (Photo by Paul Hawthorne/Getty Images)


アメリカで奴隷時代を生き延びた人とその子ども達にとって、トラウマが引き起こす暴力や虐待の影響なしに生きることは至難の業だったと想像する。それに加え、貧困が更なる苦難としてのしかかったことだろう。

奴隷から解放されたのはいいが、突然お金が必要となったため、奴隷主だった人に安い賃金で雇われる等、実質奴隷時代と生活が変わらなかった、または奴隷でいた時以上に食べるものに苦労した人も多かったという。

黒人女性たちがこの時代を生き抜くことはもっと大変だった。白人男性からも黒人男性からもストレスのはけ口として、性暴力やDVの対象にされたのだ。

ゴードン・パークスが写真家として連邦政府に雇われた時代のメディアは、奴隷政策が人々に与えた長引く影響には目もくれず、貧しいことを自己責任とし、惨めで暴力的な黒人の姿ばかりを描写してきた。

そんな中、ゴードン・パークスが焦点を当てたのは、当時の状況の中で懸命に生き、喜怒哀楽に満ちた黒人たちの生き様だった。それを写し出すことで、白人と同等の「人」であることを伝えたかったのだ。

ゴードン パークス
1968年に撮影されたゴードン・パークス。彼がレンズ越しに感じていたことに思いを馳せたい(Photo by CBS Photo Archive/Getty Images)

ネガティブなイメージから黒人が解放されることを願った


黒人コミュニティーを記録することは彼にとっての使命だった。それはFSAプロジェクト唯一の黒人写真家として、彼に与えられた特権であることにも彼は気づいていた。白人だと入れない世界に、彼はすんなり入っていけただけでなく、そこで信頼も勝ち取っていった。

子どもたちが元気に遊ぶハーレムの街角や、星条旗の前でほうきとモップを手に佇む黒人女性、店の黒人専用入口に立つドレスアップした母娘、市民権運動の記録。

彼が94年の人生で残した写真や映像や書籍は、彼が自身と向き合い、自分にできることは何かという追求なしには生まれなかっただろう。そして、社会が先入観で描き押し付けてきた黒人に対するネガティブなイメージから、黒人自身が解放されることを願っていたのではないだろうか。

彼のFSA時代から90年も経ったいまの黒人たちがもっているセルフイメージとはどんなものだろう。確実に中流階級やそれ以上の人も増え、アスリートやエンターテイナーにならなくても経済的な成功を収める黒人人口は増えている。

それでも、社会に定着してしまった黒人に対するステレオタイプをベースに、差別は未だに起こる。それも頻繁に。ゴードン・パークスが1930年代、40年代に見ていた社会的な意識は、いまも平然と残っている。

ジョージ・フロイド氏の死や、最近起きた白人警察の手による黒人殺害の数々が、SNSの時代になって明確にビジュアル化され、人々の理解に繋がり、その社会的意識の変化がBlack Lives Matterムーブメントの背景にあるのは確かだ。

だが、そのムーブメントも、ジョン・ルイス氏やゴードン・パークス氏など、社会の不条理を真向から直視して戦ってきた人たちが地ならしをした上でなければ起こり得なかったのだ。

連載:社会的マイノリティの眼差し
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文=大藪順子

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