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朝日新聞編集委員(朝鮮半島、米朝・日米関係担当)

安倍晋三首相(Photo by Tomohiro Ohsumi / Getty Images)

危機に慣れるのが一番怖い。ヒューストンの中国総領事館閉鎖に端を発した米中の報復合戦はエスカレートする一方だが、そのなかで露呈しているのが日本の死角だ。安全保障問題の第一人者である筆者が、〈米中報復戦 「日本は甘すぎる」FBI報告で飛び出した日本の病根〉〈 米中緊迫「低烈度紛争」への準備が尖閣で始まっている〉に続く、緊急寄稿の第3弾は、官邸主導政治の厳しい現実である。


7月9日夜、来日した米国務省のスティーブ・ビーガン副長官はご機嫌だった。一番楽しみにしていた人物、秋葉剛男外務事務次官と夕食を兼ねた会談を行ったからだ。

ビーガン氏はまず韓国を訪れていた。ビーガン氏の日韓両国歴訪は元々、韓国外交省の趙世暎第1次官の強い要請によるものだった。趙氏は米中関係の悪化もあり、米国との間で包括的な対話を望んでいた。韓国側の受け入れが整った後、ビーガン氏は秋葉氏に「自分は韓国に行く。日本を訪れた方が良いだろうか。私はビデオ会議でも構わない」と尋ねたという。新型コロナウイルスによって、日本が厳しい入国制限を敷いていることを気遣う発言だったが、秋葉氏は「何を言うんだ。是非、日本に来て語り合おう」と勧めたという。

2人の会話は、香港や新疆ウイグル地区での人権問題、南シナ海や東シナ海問題など中国を巡る様々な課題、そして北朝鮮や韓国、東南アジアなど、周辺の関係国をひとつひとつ取り上げた突っ込んだやり取りになった。2人とも応答要領には余り目を落とさず、相手に少しでも多く自分の考えを伝え、相手の考えを更に深く理解しようと語り合った。まさに「戦略の共有」と呼ぶに値する会話だったという。

そして翌10日、ビーガン氏は日本の外交戦略の司令塔とも言うべき、北村滋国家安全保障局長と会談した。会談はもちろん有意義なものだったが、秋葉氏との会談とはずいぶん様子が異なるものになった。北村氏は応答要領に沿って慎重に会話を進めた。もちろん、内閣情報官だったこともあり、ビーガン氏が質問すれば、日本政府が把握しているインテリジェンスについて丁寧に答えたという。こちらの会談は、どちらかと言えば、「情報の共有」というべきものになった。日米関係筋は「北村氏は有能だが、警察官僚出身で外交経験が不足している。彼の責任ではなく、彼を国家安全保障局長に据えた人物の責任だろう」と語った。

首相官邸のこれまでの対中国戦略も、決して評判の良いものではなかった。ロシアや北朝鮮との外交で成果を出せないなか、今井尚哉首相補佐官や北村氏ら官邸官僚が中心になり、慎重な外務省を押し切って日中関係改善に舵を切った。これは、安定した経済環境を望む日本企業の要望に応えたという意味があるし、習近平中国国家主席の国賓訪問の推進によって「中国を対話に引き込むうえで大きなカードになった」という評価も得たが、米国側からは「一貫した戦略が見えない」「安全保障ではなく、安倍首相の功績にこだわった戦略だ」という指摘も出ていた。

7月、霞ヶ関でこんな噂が流れた。政府は7月22日、新型コロナウイルス感染防止のための渡航制限を中国、韓国など12カ国・地域との間で緩和する協議に入ることを決めた。この方針を決めるため、首相官邸で開かれた関係省庁協議の冒頭、官邸官僚の1人が突然、安倍晋三首相に向かって深々とお辞儀して謝罪したという噂だ。この官僚は、渡航制限緩和方針が事前に一部メディアに流れたことについて、安倍首相に詫びたという。この噂を聞いた政府関係者は「一体どこを見て仕事をしているのか、気持ちの悪い行動だという声が、周囲で上がっていた」と語った。

文=牧野愛博

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