とはいえ、ことは殺人事件。ことの重大性もわからず、やってもないことを認める「うその自白」をするだろうか。殺人を認めれば逮捕され、刑務所行きになることは、誰しも分かることだ。
ところが、2017年1月に井本拓志記者 (31) が取材した精神保健福祉士は、障害があれば、そのような自白があり得ることを指摘していた。
「発達障害のケースでは、自分の1年後がイメージできない人もいる。殺したと言っても、その後の想像ができないとか」「『私がやりました』というのが、刑事に対して『あなたと話したい』というメッセージだったのかもしれない」
気をひくための、ちょっとしたうそと、想像力の欠如。発達障害の特性を踏まえた専門家の推論は見事に西山さんにも当てはまった。2020年2月の再審公判では、事件当時、取り調べでの自分のうかつな発言がもたらす「ことの重大性」を当時はまるで認識できていなかったことを、西山さんは語っている。それが、再審公判での以下の弁護人とのやりとりだ。
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弁護人 「アラーム音を聞いたことを認めた後に、刑事のあなたに対する態度は変わりましたか?」
西山さん「ものすごく優しくなりました。『兄にコンプレックスを持っている』と話したら『あなたもすごく賢い』と言ってくれました」
弁護人 「刑事を好きになったのですか」
西山さん「そうです」
弁護人 「そのような思いに刑事は答えてくれたのですか」
西山さん「(個人の携帯番号を教えてくれ、)いつでも電話をかけてきていいと言ってくれました」
弁護人 「取り調べで、どうして故意にチューブを抜いたと言ったのですか」
西山さん「新しいことを言えば、A刑事の関心をひきつけられると思ったからです」
弁護人 「殺人の犯人になって逮捕されると思わなかったのですか」
西山さん「逮捕ということも分かりませんでした。故意にチューブを抜いたと言えば、どうなるかも考えていませんでした」
弁護人 「あなたは毎日、刑事から長時間の取り調べを受けましたね」
西山さん「ルンルンな気分でした。調べがあると房から出してもらえるので、白馬の王子様が迎えにきてくれるという物語みたいに考えてしまいました」
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3年前のメモを今読み返しても、発達障害の専門家の指摘は実に的確だ。と同時に、専門的な知見を持たない警察、検察、裁判所の司法関係者が、専門的な知識を踏まえずに人を裁く恐ろしさを感じずにはいられなかった。
連載:#供述弱者を知る
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