「お母さんも先生も、お兄ちゃんのことばっかり言ってきた。先生に『教室に戻りなさい』って引っ張られて、セーラー服のスカートを何枚替えたことか。学校に呼ばれてお母さんは困ってだけど、私は『困っているのは、自分のせい。お兄ちゃんと比べて』という気持ちだった」
兄へのコンプレックスを刺激してきたのは、親や教師だけではなかった。
「お兄ちゃんが優しくてモテたんよ。お兄ちゃんの同級生の女子が、私が中学になった時に『何でも相談に乗るよ』って言ってくれたりしたけど、それも、お兄ちゃんが目当てやから。そういうのが分かると、また腹が立つわけよ」
「あなたはかしこい」 刑事からの言葉の威力
当時の西山さんは、周囲に何を求めていたのか。
「私は、自分を見てほしかったんですよ。お兄ちゃんと比べるんじゃなくて。先生が飛び出した私を追いかけて来るのも、授業や学校の運営を心配してじゃないですか。でも、私は自分1人を見てほしいわけですよ」
中学時代のことを思い出しながら、こんなことを話した。
「今も学校で、いじめとか大変なことがあるけど、誰か1人、わかってくれる、聞いてくれる先生がいたら、全然違うと思う。そういう先生が1人いてたら、救われる子がいるんじゃないかと思う。私の悩みも一緒に考えてくれる先生が1人でもいたら、違ったと思う」
私が「例えば『君にもいいところがあるよ』と言ってあげるとか?」と水を向けると、西山さんは「そうそう、それ、それですよ。いいなあ。教師に向いてると思うわ」と言った。
さらに「それとか『お兄ちゃんのことは気にしなくていいよ』と言ってあげるとか?」と付け加えると、満面に笑みが広がった。
「それそれ、いいなあ、それを言える人は良い先生になれると思うわ。その言葉を学校では誰も言ってくれなかったんよ」
その言葉を実際に掛けられたのは、中学卒業から9年後、24歳になった時。生まれて初めて待ち望んでいたその言葉を言ってくれる人物と西山さんは出会う。他でもない、滋賀県警捜査1課のA刑事だった。
「西山さんはむしろかしこい子だ、普通と同じでかわった子ではない」
西山さんはこの言葉をきっかけに、一気にA刑事にのめり込んでいった。