一見すると本物の人間と見間違うほどの精巧さの人形を作ることは、現在のテクノロジーで可能だ(Getty Images)

「独身者が最後の手段としてラブドールを選ぶというこれまでのステレオタイプは完全に間違っている」

ラブドールの製造販売を手がける「セックス・ドール・ジーニー(Sex Doll Genie)」社の共同創業者であるジャネット・スティーブンソンは、新型コロナウイルスの流行に伴う自粛生活が始まって以降、米国でラブドールの売り上げが急増したことを受けてこう述べた。

独身男性の孤独な性と結びつけられることが多いラブドールであるが、実際にはカップルや障がい者、社会的に孤立した成人の子どもを持つ親も頻繁に購入しており、とりわけ近年は需要の背景が多様化しているという。

一方で、米国や韓国において規制を求める運動が広がる「児童型ラブドール」の問題もある。日本でもインターネット上で議論が白熱し始めているが、このような「性表現」に対して日本は今後どのように対処していくべきなのか。乗り越えて行かなければならない問題が山積みなのは間違いない。

18世紀のイギリスの人形劇研究から研究者の道を出発した菊地浩平は、現在では人形文化全般を対象に論じている。早稲田大学で2014年に立ち上げた「人形メディア学概論」は学生たちから人気を博し、その内容は河出書房新社から『人形メディア学講義』として書籍化もされている。気鋭の研究者である菊地に、「ラブドール」を巡る現在地について話を聞いた。

「ラブドール展覧会」で受けた衝撃


菊地が研究対象としてラブドールに興味を持ったきっかけは、授業を受けた学生たちから「ラブドールの展覧会に行ってきた」という声を頻繁に聞くようになったためだという。ごく一部の人々が楽しむアンダーグラウンドな文化だったはずのラブドールだが、近年は造形の精巧さなどが話題となり、メディアでも取り上げられるようになった。

老舗ラブドール製造メーカーであるオリエント工業は、2017年に創業40周年を記念して「今と昔の愛人形」という展覧会を行なったが、そこでの来場者は男性より女性の方が多かったという。「擬似的な性行為を楽しむための人形」であるはずのラブドールに、女子学生を含む若者たちが興味を抱くというのはどのような現象なのだろうか。フィールドワークのためにオリエント工業の展覧会に足を運んだ菊地は、印象に残る体験をしたという。


早稲田大学など教鞭をとる菊地浩平。人形文化全般を研究対象にしている

「展覧会の会場にはラブドールに実際に触ることができるコーナーがあったんです。若い女性のお客さんは躊躇せずにラブドールに触れて、シリコンの素材感などについて感想を述べていたのですが、そこにある種の衝撃を受けました。私のようなおじさんは照れのようなものが邪魔して、それをどうしても遠慮がちに触るしかなかったからです。展示の趣旨としては、製品としての技術力やクオリティを紹介するために触ることができるようにしてあるわけなので、その時の自分の振る舞いを振り返って『なんてダサいんだ』と感じるようになりました。それから、ラブドールには性的玩具以外の多様な受容の仕方があるのだと意識するようになったんです」

展覧会に足を運んだ女性たちは、例えば造形的な美の対象としてラブドールをメイクの参考にしているかもしれないし、また実際にラブドールを購入する人々は、それを友人のような心の拠り所にしているかもしれない。つまりそのような人々にとっては、ラブドールの性的玩具としての側面は本質というわけではない。菊地はそこで、ラブドールに触れることは必ずしも照れるようなことではないと意識するようになったという。

文=渡邊雄介

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