このニュースは日本政府に少なくない衝撃を与えた。米国は最近、香港や新疆ウイグル自治区での人権侵害に対する制裁、中国通信大手・華為技術(ファーウェイ)の市場からの締め出し、中国が影響力を強める南シナ海での軍事演習の実施など、立て続けに中国に対抗するカードを切っている。日本政府関係者の1人は「カードを切るのが速すぎる。ついていくのが大変だ」と語る。別の関係者は「中国総領事館の問題がある人物だけをPNG(ペルソナ・ノン・グラータ)にして追放すれば良かったのではないか」とも語った。
だが、こうしたざわめきも、米国政府が日本を含む友好国に対して行った機密ブリーフィングによってピタリと収まったという。
日米関係筋によれば、ブリーフィングの主な内容は、米連邦捜査局(FBI)がこの数年間、ヒューストンの中国総領事館に対して行った捜査結果に関する説明だった。中国総領事館は、テキサス州の大学や企業、医療機関が関与していた新型コロナウイルスのワクチン・治療薬の研究データを盗もうとしていたという。中国総領事館は以前から、こうした産業スパイの機能を果たしており、捜査資料には新型コロナ事案以外にも複数の事件が記述されていた。
主な手口は、在米中国人研究者だけでなく、米国人にも接触しての買収だった。中間にダミーを入れて、中国による勧誘だとわからないようにしたケースもあった。サイバー攻撃によるデータ収集を試みたこともあったという。
同筋によれば、PNGで処理できないほど、こうした動きは組織的に行われていた。総領事館員が、空港内にある制限区域に自由に出入りできるパスを使用したケースもあったという。税関検査などを避けるため、総領事館員や中国の関係者に使わせていたようだ。
同筋は「ヒューストンの中国総領事館は以前から評判が悪かった。10年ほど前には、交通違反を犯した総領事館の車両が現地警察のパトカーに追いかけられ、そのまま総領事館に逃げ込んだこともあった。総領事館側は捜査を拒否したが、ますます怪しいという話が広がった」と語る。米国側は従来、中国による報復措置や米中関係が悪化することへの懸念から、総領事館閉鎖という強硬手段を取らずにいたが、新型コロナウイルスへのスパイ事件が、今回の決断に至るうえで大きな影響を与えたという。