アートは贅沢品なのか? パンデミックが教えてくれた芸術の価値

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イギリスではロックダウン当初から、政府や国家医療サービス(NHS)が、長期間のステイホームはストレスや孤独感につながりかねないという理由で、体の健康だけではなく「心のケア」の重要性も説いてきた。具体的には、離れて暮らす家族や友人と頻繁にビデオ通話をすることや、映画鑑賞、読書、料理など。そして、「アートや音楽に触れる機会をより多く持つ」ことも推奨された。

この国では、ロンドン自然史博物館やテートモダンなど主要な博物館や美術館は入館料を取らないところが多い。1753年に設立された大英博物館は、「労働者階級にも教育を」というモットーの下、全てのひとが平等に文化やアートに触れられるように、当初から入館料を無料にしてきた長い歴史を持つ。

いかなるコストを払っても芸術家を守る


ヨーロッパ諸国では、アートや文化が根付き、アーティストが市民の生活に欠かせない存在であると認識されているため、各国政府には国民の声に寄り添う素地がある。例えばフランスでは、平時から文化芸術関係者への収入保証を行ってきたため、コロナショック後、スピーディに対応できたという。

ドイツのロックダウンに先立つ3月11日、モニカ・グリュッタース文化大臣は、「官僚的でない迅速な救済策を取り、政府はいかなるコストを払っても芸術家を守る」と公約し、アートや文化芸術関係者を気遣った。また「文化産業は2018年に1055億ユーロ(約12兆6000億円)も生み出し、化学やエネルギー産業、金融よりも大きな業界である」と“文化事業の経済的価値”を強調し、「文化は豊かな時代においてのみ享受される贅沢品などではない」と断言した。


モニカ・グリュッタース文化大臣

イングランド芸術評議会(ACE)のニコラス・セロタ会長も、「コロナ危機においても、アーティストや芸術関連団体がイギリス国民の想像力を育み刺激し続けられるよう、持続させる責任がある」と語った。

私自身の経験としては、3月にコロナ感染のクルーズ船で中南米・カリブ海を漂流していた3週間、不安と闘う毎日であったが、毎朝、誰もいない無人の大劇場で心を鎮め、独り静かにバッハを弾く時、音楽にどれだけ癒されたか分からない。

また、4月中旬に心筋梗塞でロンドン郊外の病院に緊急入院した際には、院内に展示されていた子どもたちの純粋なアート作品をじっくりと味わいながら、生きる勇気と希望をもらい、励まされた。
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文=平井元喜

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