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──商社に入ってからの生活について教えてください。

入社後は「木材資源事業部(旧木材建材部)」に配属されました。北米・ロシア・チリ・ニュージーランドなど木材資源が多いところが担当地域です。入社3年目の夏にロシアに行くことになり、ロシアの語の語学研修生として、サンクトペテルブルグ大学に1年行きました。

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2008年夏にウラジオストクで開催された「山田杯」という剣道の試合。ロシア、中国、韓国、日本から参加する。裙本は個人優勝

ロシア留学中は、会社組織から離れて独りぼっちな訳ですが、ここで剣道の経験が生きました。サンクトペテルブルグで剣道の道場を探してすぐに入門したんです。道場には20人ぐらい選手がいたのですが、ロシアでの大会にも出ることができ、ロシア南部選手権で優勝することもできました。フィンランドで開催された欧州選手権にも帯同し参加しています。学校での勉学のあとは部活と、高校生・大学生のような生活が続きました。ウォッカの飲み方を教わったのも、この頃です。

日本での長い経験があったので、ロシアでは剣道を教える側にもなりました。当然、ロシア語で教えることになります。自分がサンクトペテルブルグにいたのは2007年~2008年だったのですが、筋がいい教え子が二人いました。ロシア人は日本人に比べて圧倒的に体格がいいのですが、剣道には体重制限がないので、一緒になって稽古していました。彼らはぐんぐんと成長し、最後にはロシア選手権で個人優勝するレベルにまで達していました。

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サンクトペテルブルグの剣道道場:裙本理人提供

驚いたのは、2015年に日本武道館で開催された剣道の世界選手権でのことでした。その二人がロシア代表として日本に来たんです。再会を通じ、大きな驚きと嬉しさを感じました。

輸出税変更をチャンスに。木材加工工場立ち上げ


サンクトペテルブルグの生活が終わると、極東のプラスタンという港町に行くことになりました。ウラジオストックから北に600キロのところです。サンクトペテルブルグがフィンランドに近いロシアの左端ですから、約9700キロも東に移動したことになります。地球一周の5分の1の距離です。それだけロシアは広大なんです。

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プラスタン空港にて(この飛行機がウラジオストク空港まで週に1便だけ出る。これを逃すと陸路600kmの山道を車で走る必要がある)

プラスタンは人口7000人、労働人口のほとんどが住友商事が出資したチェルネイレスという木材伐採・加工会社で働いていました。当地の木材ビジネスの担当として、先輩と二人で駐在することになりました。

──駐在のミッションは決まっていたのですか?

もちろんです。ロシアでは、2008年12月31日付けで原木輸出税が80%になることが通達で決まっていました。商社としては、原木(丸太)の仕入価格が単純に1.8倍になるわけです。それでは既存の原木ビジネスは到底成り立ちません。実質的な禁輸政策といわれていました。一方で、ロシア国内で木材を加工することで輸出関税がゼロになる。これはロシア政府が外貨獲得のために、付加価値を高めた状態で輸出するための政策でした。

そこで、商社としては原木の輸出から、一気に加工品として、製材を輸出するビジネスを立ち上げることになったんです。そのために、ロシアの地に、巨大な加工工場を立ち上げる。それが私のミッションでした。

取材・文=曽根康司 撮影=帆足宗洋 編集=石井節子

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