経済は人々を救っているか? ウイルスが問いかける「不自然な」地域構造

高鳥毛敏雄 関西大学 社会安全学部教授


東京の20世紀型人工密社会


公衆衛生は、社会政策なのです。そのルーツは16世紀の救貧法にはじまり、具体的には18世紀のアダム・スミスとジェレミー・ベンサムなどが生み出した社会思想が基盤となっています。19世紀のコレラのパンデミックに対処するためにエドウィン・チャドウィックがその思想をもとに社会制度化したものです。

経済が公衆衛生のルーツであることは、「経世済民(けいせいさいみん)」という日本語から経済という言葉がつくられていることからわかるでしょう。つまり、経済とは、「世の中をよく治めて人々を苦しみから救うこと、またそうした政治」というものなのです。それが単に「個々人」を利するための経済学になり、公衆衛生も、「個々人」が最高の医療を受けられればそれでいい、というものに変質してきています。このような公衆衛生は、パンデミックの対応に通用しないことが欧米の流行状況に示されています。

新型コロナウイルスを呼び込み、それが世界中に広がったことは人間がつくった社会の構造が深く関係しています。都市、匿名性、繁華街、工場、クルーズ船、学校は20世紀に発展したものです。自然を排除した密閉的な人工空間が加速度的に増加しています。その流れに待ったがかけられたのです。

日本ではすべてのものが東京に集中しています。新幹線は東京駅が出発点・終点となり、企業本社、マスコミ、大学、官庁も東京に集中しています。現在拡大している第3波は、東京から全国に広がっていきましたが、それは、東京がこのような社会構造の先端都市だからといえます。

ところで、テレワークやオンライン会議を経験すると、会合のために大阪から東京に往復5時間もかけて毎月会議に行っていたことが何だったのでしょうか。東京にいる人には便利な仕組みですが、地方の人々はしょっちゅう時間を使って行かなくてはならないという非対称性があります。本当に効率的で安全な日本社会につながっていたのでしょうか。リアリティに基づく社会に変えていく必要があります。

インターネットを使って、顔の見えない不特定多数の人々がつながりあう社会が拡大しています。新型コロナを経験し、顔の見える人間関係、顔をみての取引、対面でしないといけないつながりやサービスとは何か問われています。感染予防のために、直接接触しないで済ますテクノロジーの進歩に期待が集まっています。キャッシュレス、ARやバーチャルなコミュニティ、SNSを使った「バーチャリティ」と呼ぶべきものや非対面接触の仕組みです。他方で、本当の「リアリティ」の接触や体験の価値が高まっています。リアリティとバーチャルの関係をリセットして、新たな組み合わせを模索する必要があります。

大阪では2025年に万博が開かれますが、テーマは「いのち輝く未来社会のデザイン」です。新型コロナの流行に直面し世界各国のリーダーは、国民の生命を守るということが政治の使命であることと述べています。20世紀に、人間がつくってきた社会は何だったのか。世界のすべての人を幸福にする、また先進国と途上国も同じ人間で成り立っているとして尊重し合う社会、200〜300年前にアダム・スミスが求めた人間社会を実現しなくてよいのでしょうか。さらに、人間だけが幸せになればよいのではなく、自然界にとっても安寧がはかられる社会。そんなことをコロナの体験は問いかけていると思います。


高鳥毛敏雄(たかとりげ・としお)◎関西大学社会安全学部教授。公衆衛生学、感染症政策が専門。大阪大学大学院医学系研究科特任教授を経て現職。長年、大阪府内市町村の公衆衛生活動の現場を支援。

構成=岩坪文子 写真=井上陽子

この記事は 「Forbes JAPAN Forbes JAPAN 8月・9月合併号」に掲載されています。 定期購読はこちら >>

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