今回紹介するのは、この病院の院長であり経営者だ。
入り口に置かれた消毒液を手に吹きかけてから受付に声をかけると、検温を指示され、スタンドに設置された真新しいタブレット型の非接触型体温計のカメラに顔をかざす。その後、案内されたのは手術室だった。
ステンレス製の戸棚や薬剤の保管庫、使用済みの注射器が入った容器などが部屋を囲み、中央には手術用の大きな精密機器が何台か並べられている。
しばらくして現れたのは、紺色のスクラブ(Vネックのカットソー型の術衣)に水色の手術帽姿の男。戸塚駅前鈴木眼科の院長でありながら、医療法人メビアの代表として合計4つの医院を経営する鈴木高佳だ。
「あまり取材慣れしていないですが」とにこやかに笑いながら鈴木が口を開くと、どことなく感じていた、病院特有の緊張感が和らいだ。
雑談が始まったかと思うと、CRMやAIなど、最新のマーケティングやITの話題が次々と飛び出す。そしてこう言葉を紡ぐ。
「今、プロジェクトマネージャーやCTO候補になるエンジニアを探しているんです」
“町の眼科医”というイメージとは裏腹に、そこから鈴木が語り出したのは「顧客に提供する価値」という、ビジネスとしてのビジョンだった。
医師というよりむしろ、経営者として「より良いサービス」を追求する、彼の真意を探った。
ジャズギターと麻酔科が気づかせてくれた「宿命」
メビアが経営する4つの眼科医院は横浜市内のほか、隣接する鎌倉市などにあるが、そのうち2つは鈴木の母と義母がそれぞれ始めたという。学生時代の鈴木は、親を継ぐために地元の医大に進学したものの、そこからストレートに眼科医になったわけではなかった。
医大での6年間を経て、鈴木が向かったのは米国・ボストン。医師ではなく、当時熱中していたジャズの道を究めるべく、ギターケースを背負ってバークリー音楽大学の門を叩いた。しかし入学から1学期で退学を決める。
「グラミー賞を取る卒業生がたくさんいるような学校に行って、音楽で食っていこうとする人たちの本気を見せつけられました。彼らと過ごしながら自分には何ができるかを考えて、医師免許があるじゃないかと気付きました」
帰国して研修医となった鈴木は、最初の研修として選択科目の中から麻酔科を選んだ。大学病院の大きな手術室でスペシャリストの仕事を目の当たりにし、医療の世界の魅力を再発見した。
研修が終わり、自分の専門分野として、最終的に眼科を選んだ。親の病院を継ぐということ以上に、知的好奇心の塊のような鈴木を惹きつけたのは、最先端の技術だった。
「当時の眼科というのは、医療の中でも技術の進歩がめざましい分野でした。数日の入院が必要だった白内障手術が日帰りでできるようになるなど、今では当たり前ですが当時としては考えられないことが実現しはじめていたんです。人生は一度きり。そうした“変化の波”に乗りたいという思いが決め手になりました」
鈴木は「変化の波に乗る」という言葉通り、その後に登場したレーシックや、水晶体の代わりに遠近両方が見えるレンズを眼内に入れる多焦点眼内レンズといった、眼科の中でも最新の治療法の権威に師事。そして地元の神奈川に戻り、自身の医院を始めた。
より優れていて安全だから、最新技術を選ぶ
メビアが運営する4つの眼科のうち、戸塚駅前鈴木眼科は機器も手術室も、大学病院スペックの設備を揃えている。
なかでも多焦点眼内レンズは、レンズメーカーの話によれば今年3月に月間手術数で日本一になったほどの症例数をほこるという。神奈川県内だけでなく、噂を聞きつけた都内からの患者も訪れる。
新しい手法を取り入れるのは治療法だけではない。
予約の半分以上がWeb経由になっているほか、診察の一部までもオンライン化している。細かいところで言えば、冒頭で紹介した非接触型の体温計も都内の病院ですらまだ珍しい。
なぜ鈴木は新しい医療の形を模索し続けているのだろうか。大学病院ならまだしも、地域医療であれば“粛々と”運営し続けることも可能なはずだ。
「たしかに新しいものにアンテナを張っていますが、新しければいいわけではありません。従来の治療法よりも効果があるか、安全かどうかを見極めています。また、私が運営している病院は都心で働く人が多いエリアにあるので、自費診療でも『より不自由なく暮らしたい』というニーズが相応にあります。それに応えるには、私たちも設備投資や技術、考え方をどんどんアップデートしないと時代、いや、ニーズの変化に置いていかれてしまうんです」
鈴木が提供しているのは、病気を治す医療であると同時に、人々の不便を解消する「サービス」だとも言えるのかもしれない。そう考えると、彼が描くメビアの未来像にも納得がいく。
メビアがITを駆使する背景には、単に新しいというだけでなく、「ユーザーの視点」に立った医療のあり方がある。
サービスという観点で見ると、どの病院にも存在している課題の一つが待ち時間だ。オンラインで診察ができれば待ち時間は事実上なくなり、そもそも病院に行く必要すらなくなる。
折しも新型コロナウイルス蔓延による外出自粛が続き、こうした思想も時代にマッチするようになってきている。
また、予約や診察だけでなく、その後の手術やアフターフォローにも進化の余地があると鈴木は話す。
「マーケティングではCRMという考え方がありますが、これを医療にも応用できるシステムをつくれば、診察後も患者の健康に貢献できる可能性があります。また眼科手術では車で患者の送迎をしますが、スマートモビリティの進化を見ていると病院に来なくても車中診療で完結させられる可能性もあるはずです。そうした仕組みを模索していき、良いノウハウをメビア以外の地域医療にも提供することも考えています」
経営者、ビジネスパーソンとして医療に向き合う
ところで、医療法人は一般的な会社と違うことをご存知だろうか?
医療は人間の生命や安全に関わるため、企業による営利を目的とした病院をつくることができない。加えて、「医療法人は剰余金の配当をしてはならない」ことも法律で定められている。
しかし、鈴木がITやマーケティング、スマートモビリティなどを応用して地域医療の進化を目指す上では、投資家からの資金調達など、ビジネスの枠組みを取り入れる必要も今後出てくるだろう。
「医療業界でいうと精密機器や製薬などがそうですが、患者にとってより良いものをつくるためには資本主義的な仕組みも必要です。まだなんとも言えませんが、今後は会社法人で医療の新しい形を考える構想もあります」
そうした構想があるからこそ、鈴木は現在、手術や診療を他の医師に任せ、“経営者になる時間”を増やしている。
「今までは起業家の本や技術書を読んで空想を広げる程度でしたが、これを実現させるには、技術的な後ろ盾も必要です。従来はシステム構築などを外注していましたが、これからは“技術参謀”として二人三脚でプロジェクトを進めてくれる人を迎え入れたいんです」
患者の顔がリアルに見える現場で奮闘すると同時に、地域医療全体としての革新にも熱意を燃やす鈴木。業界の垣根を超えた仲間が加わった暁には、ビジョンの実現がより加速していくはずだ。
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