厚生労働省に乗り込んできた男性が、副大臣に新型コロナ感染に関するデータを見せたのは、3月上旬のことだった。
そのデータは神奈川県内に存在するすべての病院、350施設の一週間のデータである。
一見、「地獄のような状況」とも言える膨大なデータではあるが、見事なまでに整理されており、男性は新しい医療体制プランを語り始めると、副大臣はこう答えた。
「政府を動かします」
のちに「神奈川モデル」と呼ばれ、医療施設や患者たちを救うことになるこのデータとは何だったのか。新型コロナウイルス対策でテクノロジーを利用して迅速な指揮をとった台湾政府の対応が脚光を浴び、デジタル大臣のオードリー・タンも一躍有名になった。一方で、日本の神奈川でもテクノロジーと専門分野を活かして新たな感染症と闘った知られざる人物がいる。
まずは時計の針を2月25日に巻き戻してみよう。横浜港で検疫中のクルーズ船から4人目の死者が出た頃だ。
最悪のシナリオの始まり
Getty Images
2月25日、出張で訪れていた富山県から戻る飛行機で流れていたニュースが畑中洋亮の目に飛び込んできた。横浜港に停泊しているダイアモンド・プリンセス号に乗っていた患者を受け入れた相模原中央病院の看護師に新型コロナウイルスの陽性反応が出たのだ。院内感染の可能性が高いため、病院は安全が確認されるまでの間外来を休診すると公表した。
1人の看護師が感染しただけで病院としての機能を止めなくてはいけない。畑中はその時点で、そこまでの判断がされる病気だと思っていなかった。致死率が低くて、感染力高めのインフルエンザくらいなのではないか、くらいにイメージしていた。
医療職の感染が確認されると、病院ごと機能停止する。薬やワクチンの数の話ではなく、病院単位で話が進んでいく。新型コロナの患者が発生しただけで、救命救急医療やがん治療などの地域の日常医療を止めないといけないとなると、その地域は終わる。それが「医療崩壊」だ。
「神奈川県の350の病院はどうなっているのか」
昨年自身が設立した財団の調査で畑中は神奈川県に約350の病院があることを知っていた。飛行機の中から、首藤健治副知事の携帯電話へメッセージをした。畑中は神奈川県庁の職員ではない。特段感染症対策に明るいわけでもなかった。もともと週に1、2回通い、未来創生担当を務めていた神奈川県庁の顧問だった。
「神奈川県の病院がどういう状態か把握できていますか。僕は把握できる仕組みを作れると思います。必要であれば、私も陣頭指揮を取る覚悟です」
畑中の頭の中には、すでに最悪のシナリオ、そしてその戦い方が描き始められていた。実は、ここから畑中の過去の体験と知恵が、点と点を結ぶように見事に繋がっていくのである。
First Dot:11万件の公園データベース
のちに神奈川県庁新型コロナウイルス感染症対策本部で医療危機対策のトップを務めた畑中洋亮。患者を重症、中等症、無症状・軽症に分け、医療体制を作っていく「神奈川モデル」の種を蒔き、大きく育て上げた人物だ。新型コロナによる医療崩壊を防ぎ、1人でも多くの命を救うために考えられたこのモデルはのちに東京都や大阪府、そして国までもが真似する画期的な医療体制の仕組みとなる。
神奈川モデルの仕組み(神奈川県ホームページより)
それぞれの症状にあわせ、医療機関、自宅や宿泊施設へ調整する(神奈川県ホームページより)
畑中がなぜ副知事にコロナ対策の現状ではなく、神奈川県全病院の現状を聞いたのか。それは、彼がデータを集め、そこから対策を打つプロだったからだ。