日本版「オードリー・タン」は生まれるか 新型コロナ対策、神奈川の秘話

神奈川県庁で語る畑中洋亮


Second Dot:まずは、連絡帳


畑中率いるチームが、350病院のデータを集める前にまず初めにしたことは2つある。連絡帳を作ることと質問事項をまとめた調査票を作ることだ。通常は病院団体などを介した連絡をすることが多いため、直接病院に連絡する基盤を作るということは異例な取り組みだった。


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病院の状況を知るには、いくつもの切り口がある。彼はそれを3つに分けた。県からの通知や依頼を受け付ける総務の連絡先、物資に詳しい人の連絡先、患者搬送に詳しい人の連絡先。総務には救急や外来などの病院自体の稼働状況について聞く。物資の担当者にはマスクや人工呼吸器の数などを聞く。患者搬送の担当者には、文字通り患者を搬送できるかどうか確認する。それぞれ別々の担当者がついている。いち早く状況を掴むためにもそれらに一番詳しい担当者の連絡帳を作ることから始めたのだ。350病院の電話帳を作るだけで1週間かかった。

また、忙しい担当者が余計な煩わしさを感じずに質問に答えられる調査票の精度を高めた。畑中は医療情報の研究者でもあり、また医療関連の財団を立ち上げていたことから、医療業界の友人がたくさんいた。彼らに頼み、医療現場としてどのような質問が答えやすいか、さらに集めた情報を活用できるのかヒアリングを怠らなかった。

連絡帳と調査票が完成すればあとは連絡し続けるだけだ。平日は毎日、メールかFAXで回答を受け付け、決まった時間までに回答が届かない病院には再度電話をかけさせた。神奈川県庁の一室はまるで日本で一番忙しいコールセンターのようになった。公務員の職員と民間企業社員が肩を並べて、必死に情報を集め続けた。

「大事なのは、病院の担当者には日常と同じ事をしてもらうことです。新しいシステムにログインして新しいIDとパスワードを設定し打ち込んでもらうのではなく、普段使っているメールやFAX用紙に手書きで書いて、送り返してもらうことをしました。非常時に、平時に使っていなかった新しい道具(システム)を使ってもらうことは非常に難しい。日々行う作業なので、彼らの負担をなるべく軽減できるように工夫したのです」

Third Dot:厚生労働副大臣


連絡帳が完成したのは3月6日。全日本空輸と日本航空が中国、韓国便の羽田発着便を減便・運休することを発表した。患者が急増し始めたイタリアは一斉休校を、フランスではマスクを国家が管理することを決めた。

3月10日火曜日。350病院の日次と週次の情報があがり、マスクなど感染防止の医療物資に関するデータは90%以上が集まった。広域で起こっている状況を俯瞰して把握できたのだ。戦略を決めるためには、十分な情報量だった。


神奈川県ホームページで病院の状況を可視化した

結果、15%近くの病院が受入れに何らかの制限を設けていることがわかった。物資に関してはさらに絶望的で、あと1週間しかもたない病院が多かった。マスクもエタノールもない。しかし、県が供給できる目処も立っていない。「物がないことは感染症の戦いにおいては絶望的です。まるで丸腰で戦場へ行けと言われているようなものです」

物資が足りなくなれば、医療者や他の患者の感染リスクが一気に高まる。結果として、ひとつ、またひとつと、病院機能が潰れていき、結果的にコロナ患者以外の他の医療が必要な人たちも守れなくなる。これまでの、少量の感染症専門病室を保有する病院が分散しているという医療体制ではダメだ。畑中は集まったデータを分析して確信した。

患者の症状の重さに合わせて特定の病院に搬送し、重症患者を受け入れる病院には徹底的に物資を送り込み医療職を守りながら安全に医療を行ってもらう。「選択と集中型」の医療体制が求められた。「神奈川モデル」のタネはここでようやく芽を出した。
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文=井土亜梨沙、写真=曽川拓哉

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