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橋本拳人選手(Etsuo Hara/Getty Images)

今夏もまた、日本人選手がヨーロッパへと旅立つ。不動のボランチの座が約束されていたJ1のFC東京から、ロシア・プレミアリーグのFCロストフへ移籍する日本代表の橋本拳人だ。

ゼロからの挑戦をスタートさせる彼は、FC東京で着けてきた「18番」を新チームでも背負いたいと希望している。験を担ぐアスリートは少なくないが、橋本のように自らが背負う番号にこだわる選手はあまりいないと言ってもいい。

2年後のワールドカップを見据えながら、まもなく27歳になる橋本が「18番」に込めた熱い思いを追った。

FC東京の「18番」石川直宏選手との出会い


橋本拳人の新天地、ロシア・プレミアリーグのFCロストフの関係者は思わず耳を疑ったはずだ。交渉が始まったばかりの段階で、橋本がある番号を背負いたいと希望してきたからだ。

「早々に『18番』をお願いしますと言いました。別の選手が着けているのでちょっと待ってほしいと言われています。いまも交渉中ですが、もしかしたら背負えるかもしれません」

ロストフ側とのやり取りを照れくさそうに明かした橋本は、J1を戦うFC東京でも、ルーキーイヤーの2012シーズンから背負った「37番」を、2018シーズンから志願する形で「18番」へと変更している。そのとき胸中に抱いた覚悟と決意を、こんな言葉で説明してくれたことがある。

「あのときはFC東京に骨を埋めるというか、できるだけ長くFC東京でプレーして、FC東京を代表するような選手になろうと思って『18番』を背負いました。最初のころに比べて、ちょっとは『18番』が板につく選手になってきたのかなと思っています」

ちょっとどころではない。昨シーズンは年間34試合、時間にして3060分間を戦うフルタイム出場。クラブ史上最高位となる2位でフィニッシュしたFC東京の中心を担い、オフに開催される表彰式、Jリーグアウォーズでは自身初のベストイレブンにも選出された。

昨年3月に初招集された日本代表でも常連となり、タイトル獲得へ向けて、これからという矢先に新天地をロシアへ求める決断を下した。スクールに通った小学生時代を皮切りに、実に17年間も所属してきたFC東京を離れる理由も、ロストフで希望する「18番」と密接に関係している。

東京都板橋区で生まれ育った橋本は、5歳から地元のクラブでサッカーを始め、兄の影響でFC東京のスクールにも通い始めた。迎えた2005年4月10日、小学校6年生になったばかりの橋本に大きな決意を抱かせる、一生忘れられない出来事が訪れた。

FC東京が現在も実施している、小学生のクラブサポートメンバーを対象にした「ハンドウィズハンド」と呼ばれるイベント。ホームの味の素スタジアムで行われるJリーグの試合で、FC東京の選手たちと手を繋ぎながらピッチへ入場する11人の子どもたちの1人に橋本は選ばれたのだ。

どの選手と一緒に入場するのかは、子どもたちの希望が優先される。当時の一番人気は、「18番」をトレードマークにして、長髪をなびかせながら颯爽とピッチを駆け抜ける勇姿からいつしか「スピードスター」の異名をつけられ、日本代表でもプレーした石川直宏選手だった。

当然のように、11人の子どもたちのほぼ全員が、石川選手と入場したいと希望した。重複した場合はジャンケンで決着をつけることになっていた。「そのなかで、僕が勝ったんです」と懐かしそうに記憶をたどる橋本は、ジュビロ磐田戦のキックオフが待つピッチへ入場しながら、夢を描き始めた。

文=藤江直人

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