ビジネス

2020.08.11 07:00

50回以上「採用に落ちた」私が、米アマゾン本社でMVPを獲得するまで

米Amazon本社 シニアベンダーマネージャー 竹崎孝二

米Amazon本社 シニアベンダーマネージャー 竹崎孝二

withコロナを生きる私たちは、改めてキャリアを見直す時期に直面しています。

2020年4月、GAFA+Mと呼ばれる、たった5つの米テクノロジー企業の時価総額合計が、日本の東証一部上場企業2169社全ての時価総額の合計を上回る、という衝撃的なニュースが舞い込んできました。アマゾンだけをみても、2020年に入ってから7月までに60兆近い時価総額が増加しており、この半年で新たにトヨタ3社分の価値が生み出されたことになります。

コロナへの対応で浮彫りになった組織の価値観や方向性に疑問を感じる人や、解雇や休業を言い渡されるなかで、会社任せのキャリア形成に危機感をおぼえる人が増え、パラレルワーク志向やフリーランス志向も加速しています。

世界では何が起きているんだろう。
自分には何ができるんだろう。

まさに今、自身のスキルや経験の棚卸しをしている人も多いのではないでしょうか。

クラスメイトから「クレイジー」と言われた日々


実は、私も2012年に同じことを考えていました。

当時、総務省で働いていた私は、一度立ち止まり「今の自分には何ができるのか」そして「何ができる人になりたいのか」と考えたのです。

総務省の仕事が物足りなかったわけではない。でも、そのとき感じたのは、日本人として世界でどこまで通用するのかチャレンジしたい、という思いでした。

それからの私は、自分でも驚くほど前のめりで、がむしゃらだったと思います。

6年間勤めた総務省を辞め、渡米。MBAを取得するために2年間学校へ通いました。在学中は、学費を捻出するためにTeaching Assistantを複数掛け持ちし、バス停の待ち時間で知り合った地元弁護士の簿記を手伝ったり、ホストファミリーの友人の友人の友人の友人(もはや知らない人)を辿ってCONNECTという地元のスタートアップでインターンシップを行ったりもしました。アメリカのでのビジネス経験がゼロだったため、実績をつくる必要があったのです。

さらに在学2年目からは、三洋電機現地法人(当時)にて、日中はテレビの商品企画・マーケティングマネージャーとしてフルタイムで働き、夜間と週末にはフルタイムでMBAを受講するという生活が始まりました。

クラスメイトからは「クレイジーだ」と言われていましたが、習ったことがすぐに仕事で生かせるし、仕事で感じた疑問はすぐに授業で質問できる。相乗効果で理解と実践が深まり、毎日が楽しくて仕方なかったんです。

その後、三洋電機テレビ事業が他社へ事業承継されたことになり、私は解雇され、親会社であるパナソニック北米に転籍しました。そこで取引先であるアマゾンに魅了され、2018年にアマゾン・ジャパンへ転職。

現在は、アメリカ・シアトルにあるアマゾン本社に転籍し、現役では唯一の日本人シニアベンダーマネージャー(事業部長)として、フィットネス事業を統括しています。
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文=伊藤みさき 構成=竹崎孝二

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