シネマの女は最後に微笑む


自分と似た顔の少女になりすます


そんななか、母親が急死し軛(くびき)から解き放たれたナンシーは、30年前に忽然と姿を消した5歳の娘を持つリンチ夫妻のニュースに興味を引かれる。ナンシーは、その消息を絶った当時5歳の娘ブルック・リンチの「想定される現在の顔」(加齢操作が施されたCG画像)が自分と似ていることから、大胆な「なりすまし」計画を思いつく。

突然現れた娘を名乗るナンシーに戸惑うリンチ夫妻。緊張感漂うぎこちない会話を通じて、妻エレン(J・スミス=キャメロン)は8割方ナンシーの話を信じるほうに傾くが、レオ(スティーブ・ブシェミ)は半信半疑だ。

豊かな自然に囲まれた素敵な住居に、知性と野趣味のブレンドされたインテリア。共に学者、大学教授である仲良し夫婦のインテリらしい抑制された振る舞い。それまでのナンシーの環境とは真逆の、しかし彼女が欲してやまなかったすべてがそこにあった。

空白の30年を埋めようとするかのように、いそいそと手料理を振る舞い、ブルックの思い出を話すエレンと、妻に合わせつつも失礼にならない程度の慎重な態度を保持するレオの、二人の相違が興味深い。

エレンは娘の失踪に激しい後悔と責任を感じているからこそ、目の前のナンシーを当人だと信じたい。ナンシー=ブルックなら、一生抱えていかねばならないと思っていた己の罪悪感を、多少なりとも和らげることができるかもしれない。何より彼女は愛し慈しむ対象に飢えている。

一方のレオは、まず相手を冷静に観察・分析するという心理学者としての行動様式が先に立つのに加えて、猫アレルギーだ。ナンシーが飼い猫を携えて現れたことも、彼女とレオとの心理的距離に繋がっている。何も知らない猫の存在が象徴するものこそ、隠された真実を示唆している点が面白い。

夫妻の要請により訪問したDNA検査技師による鑑定結果が出るまでの数日間、ナンシーにとっては嘘に嘘を重ねて薄氷を踏むような、しかし「今、ここ」での親密感や愛情を少しは味わえるという、微妙な時間が過ぎていく。

ナンシーに対して若干温度差はあるものの、夫妻は「やはりこの女性が娘だったのか」と「もしかしたら違うのでは」との間で揺れ動く。

脱走した猫を必死で探すナンシーが、森の中で夫婦に真実性をアピールできるものを運良く見つけるくだり、そして彼女が携帯から送った短編を読んだ夫婦の、内心失望しつつもそれを表に出さない配慮ぶりなど、サスペンスとともにじんわりとしたもの哀しさが伝わってくる。

最後にちょっとしたアクシデントがあり、ナンシーの思いがけない側面を垣間見てすっかり感激したエレンは、真実を知った後もナンシー=ブルックという「己の中に育った真実」のみを見ようとし、そのすべてをナンシーは諒解する。

愛されることを求めて嘘を信じさせようとした女と、愛することを求めて嘘を信じるふりをしようとした女。不幸にして出会った二人の女性の、愛をめぐる決定的な位相のズレは、しかし愛とはもしかしたらこんな食い違いそのものではないか……との思念も刺激する。

ナンシーが杜撰な計画の続行を中止する決断をしたのは、「なりすまし」がばれたからではない。エレンの痛切なまでの娘に対する思いを受け取るのに、自分はふさわしくないことがわかったからだ。

その先にあるのは、「自己防衛」としての嘘を重ねてきた自分の欲望を見つめ直すことだろう。一人去っていく彼女が涙と共に浮かべる初めての微笑みが、いつまでも胸に残る。

連載:シネマの女は最後に微笑む
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文=大野 左紀子

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