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シネマの女は最後に微笑む

左:J・スミス=キャメロン、右:アンドレア・ライズボロー。Michael Loccisano / スタッフ/Getty Images

写真の人物の顔を異性化できる「FaceApp」が話題だ。日本では春頃から流行り始め、著名人たちがツイッターなどで続々と異性化した顔画像をアップする現象が見られた。

「FaceApp」は、ロシアのWireless Lab社が2017年にリリースしたスマートフォン向け写真加工アプリで、老化や若年化の機能もある。自分の顔を若返らせて以前の現実の写真と比較してみたり、子供時代の写真を老け顔にして、今の自分とどのくらい似ているか試したりした人もいるかもしれない。

筆者は試してみてはいないが、おそらくいずれもかなり違った顔つきになったのではないだろうか。

顔に刻まれるのは生物学的な老化だけではない。生育環境、趣味や性格、生活態度や日々の精神状態など、あらゆる要素が長い年月の間にその人の「顔つき」をつくっていくからだ。

「顔」は物理的な目鼻立ちのことだが、「顔つき」には個人の歴史が刻まれる。

というわけで今回は、ある女の子の「想定された大人顔」が自分とそっくりなことを利用した、「なりすまし」の孤独な女性が主人公のミステリードラマ『ナンシー』(クリスティーナ・チョー監督、2018)を取り上げよう。

ナンシー(アンドレア・ライズボロー)は、体の不自由な母を介護して暮らす作家志望の35歳の独身女性。ネット中毒で常に携帯を見ており、口うるさい母には小言を言われている。

古い家屋の空気の淀んだ室内。生活保護の支給申請をせっつく母親。手入れしていないナンシーのボサボサの髪にはうっすら白髪が混じり始め、文芸コンテストの落選通知書は溜まっていくばかり。飼い猫の存在だけが癒しだ。

仕事で歯科医院に派遣されると、ナンシーは適当にモンタージュした画像を使って自分の虚像をつくり上げ、周囲の人を騙して、かりそめの満足感を得ようとする。自由自在に嘘をつけるブログで文章を書くことが、唯一彼女の自意識を支えるよすがとなっていた。

自己防衛のための嘘


インターネットの世界には、独白に見せかけた他人の創作を真実と受け止め、書いている本人に強い興味とシンパシーを抱く人が少なからずいる。「ネットでやりとりしている素敵なあの人に、リアルで会ってみたい」という思いも、ごく人間的なものだろう。多少人の気を惹く文章を継続的に綴る才に恵まれていれば、信じやすいお人好しを釣り上げることはそれほど難しいことではない。

ナンシーが扮装して会いに行ったのは、そんな素直な男だった。彼は自分の欠落とナンシーの抱える(と彼が思い込んでいる)欠落を重ね合わせており、現実世界での交流を求めていた。

ナンシーが数日後にバレることになる嘘を彼についたのは、一度でもいいから人から肯定され、承認を得たいと思ったからだ。

顔も本名も隠したネット上だけでその欲望を満足させる人が多いなか、ナンシーは迂闊にもリアルに踏み出した。現実に目の前にいる相手からの賞賛の言葉や共感の眼差しに、そこまで飢えていたということだ。

自己評価の高さとそれに反する現実の前に、ナンシーは「自己防衛」としての嘘を選んでいたと言えるだろう。

文=大野 左紀子

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