母・令子さん(69)は、娘の素行が原因でたびたび学校に呼び出されていた。
「先生たちには、家でのしつけや、育て方に問題があるのではないかと言われ、いつまた学校から呼び出しがあるか、と毎日、身が縮むような思いでした。お父さんが、先生の前で美香をしかりつけて、頭をたたいたこともあった。2人の兄と同じように育てたつもりなのに、どうして娘だけ落ち着かないのか、まったく思い当たるところがなく、途方に暮れていた」
西山さんの中学時代は発達障害支援法(2005年)ができる10年ほど前。当時はまだ発達障害という言葉も教育現場で浸透しておらず、親はもちろん、現場の教師たちもこの障害の特性を理解できていなかった。学校での素行の問題は「家庭の事情や親の育て方が原因」と見られるのが当たり前の時代だった。
彦根中学時代の恩師グループが「支える会」を立ち上げた2013年には、逮捕から9年が過ぎ、西山さんは獄中で33歳になっていた。
新聞記事で知った「教え子」の再審の訴え
その前年、中学時代の教頭だった吉原英樹さん(77)は教え子の西山さんが再審を訴えている新聞記事を読み、その弁護人が井戸謙一弁護士(66)であることを知った。吉原さんの兄の故・吉原稔弁護士は滋賀県内の住民による原発訴訟の発起人で、亡くなった後を井戸さんが引き継いでおり、その縁で人柄もよく知っていた。
「井戸さんが弁護人なら間違いない。協力したい」
そう思い、井戸さんが事件について語る勉強会に出向いた。そこで、教え子が虚偽自白に追い込まれた経緯を初めて詳しく知ることになった。
吉原さんは教師仲間が集まる新年会で、生徒指導を担当していた伊藤正一さん(72)に「教え子の美香のことなんだけど」と冤罪の可能性が高いことを伝えると、2人は「救い出してやらないと。一緒に頑張りましょう」と意気投合し、彦根中時代の気の合う教員仲間3人に声を掛け、5人で支える会を立ち上げた。
5人の元教師はすぐに井戸弁護士の事務所に出向き、事件の全体像を詳しく聞いた。
「証拠が彼女の自白しかない。再審請求書を読めば、その自白の不合理さが十分納得できる」(伊藤さん)
「許せないのは、弱者を強圧的に丸め込んだ典型的な事件だということ。美香の人間としての尊厳を守るためにも、元教員として関わる責任があると思った」(吉原さん)
両親と一緒に街頭に立っての署名活動や、西山さんの同級生らにも声を掛けるなど、地元で支援の輪を広げた。