意外にもこのコロナを経て、紺藤の「ニューノーマル」はますます充実したと言う。
「漢字でも少し止まると書いて歩むって読むでしょう。コロナで立ち止まって、実際すごく恵まれていることに気づかされたんです。仕事があって、家族があって、友達もいて、やりたいことがあるだけでもすごく幸せなこと。人生って実はすごくシンプルなもんです」
しかし当初はまさか3カ月も店を閉めることになるとは思いもしなかったと紺藤は言う。ところがいつまで続くのか先が見えない不安の中でオステリア・フランチェスカーナは今回、驚くべき2つのことを成し遂げた。
まず、このコロナ禍でオステリア・フランチェスカーナでは誰一人解雇しなかったのだ。3つ星の経営は大手企業のタイアップ、インターナショナルなコラボレーションなど多角的で、グループ全体では100名以上の雇用者を抱える大所帯だ。マッシモ自身、このコロナの経済的な被害者である。どんなに世界的に成功しようと、コロナ禍における経営者の苦しさは同じ、いや所帯が大きくランニングコストが莫大な分、プレッシャーも大きいだろう。その最中で雇用を守りきると宣言するのは容易ではなかったはずだ。
もうひとつ、マッシモは先が見えない中で、不安は一切見せずに毎日インスタグラムで家族と共にライブ配信をし続け、時にはパジャマ姿で食を通した笑いと楽しさを世界中に届けた。その功績を称え、つい先日インターネット界のアカデミー賞と言われるウェビー賞を受賞したのだ。料理人という枠組みを超えた評価を苦しい時こその発想力で得たのだ。紺藤は言う。
「マッシモには確固としたヴィジョンがある。人を楽しませる、そして、それを時代に合わせたコミュニケーションで世界にぱっと広げてしまう」
カリスマの終焉。コレクティブ(集合体)なチームの時代
紺藤に、オステリア・フランチェスカーナというレストランの優れている点を尋ねたら「ファミリースピリット」という言葉がすぐに返ってきた。とにかく従業員を大事にしているのだ。世界各国から来たバックグラウンドも年齢も性別もさまざまな調理人たちと共に世界最高の一皿を創りあげる、そのためには誰一人欠けても自分のビジョンは実現しない。これはマッシモの強い信念であり、人材採用も担当する紺藤がその実行の片腕を担っている。
かつてオステリア・フランチェスカーナの厨房は男性中心の職場だったそうだ。3つ星を取ってから少しずつ女性の料理人を増やしてきたという。マッシモが料理に没頭すればするほど、味に対しても、食材への触れ方も繊細さが重要になっていく。紺藤は女性料理人が増えるにつれ、これまでになかった華やかさ、柔らかさなど、自分たちだけでは表現出来ない繊細さや心地よさが皿の中で生まれていることに気がついた。