コロナショックは「働き方改革」をさらに加速した。効率的で生産性の高い働き方を求める声は小規模企業の間でも強まっている。
テレワークが急速に浸透し、フルリモートに舵を切る、オフィスの規模を縮小する、そして新たにシェアオフィスを契約するなど、オフィスに対する考え方が、「一極集中」から「適正分散配置」の流れへ移行して、ワークスタイルが大きく変わっていく可能性も指摘されている。
一方で、在宅勤務が増えたことによるメリット、デメリットが徐々に浮き彫りになり、オフィスだからこそできること、オフィスでしかできないこととは何かが問われ始めている。
実際、野村不動産が今後のオフィスのあり方と価値を探るために設立した「HUMAN FIRST 研究所」が、その設立にあたり、東京と大阪で働くオフィスワーカー624人を対象に行った意識調査(2020年5月実施)では、今後はオフィス、在宅勤務、サテライトオフィスを組み合わせる働き方がよいと考える人が72.4%と大多数を占めた。また、緊急事態宣言以前と比べ、オフィスに求める価値として上昇したのは、「リラックスして仕事ができる場所(+13.1pt)」「ワークライフバランスが実現できる場所(+12.2pt)」となり、一定期間の在宅勤務の経験を経て、オフィスに求める価値や役割が変化していることも明らかになった。
野村不動産では現在、同研究所と連動を図りつつ、従業員10名未満の小規模企業向けクオリティ スモール オフィス「H¹O(エイチワンオー)」(Human First Office)を展開中。2019年11月に第一弾のH¹O日本橋室町がオープンし、その後、2020年3月にH¹O西新宿、続いて5月にはH¹O日本橋小舟町が開業した。
常時2名のスタッフが対応する受付エリアコロナ後のオフィスの在り方はどうあるべきか。ブランド初となる一棟開発型物件である「H¹O日本橋小舟町」を舞台に、野村不動産 都市開発事業本部ビルディング事業一部の安見彩香と、入居企業であるユビ電の代表取締役社長山口典男がそれぞれの思いを語った。
──コロナショックによる「働き方の変化」を野村不動産はどのように捉えていらっしゃいますか。安見彩香(以下安見):テレワークが浸透することで、オフィスの存在価値を真剣に考えるようになり、働き方改革の動きが加速しているように感じています。実際、H¹Oに関しては、従業員10名未満の「U-10企業」だけでなく、大企業の分室や新規プロジェクト拠点として利用したいといったニーズが増えてきています。
ただ、この傾向というのは、H¹Oの開発当初からある程度予想できたことでもあります。と言うのも、もともと当社では「PMO(プレミアム ミッド オフィス)」というハイグレード中規模オフィスブランドを展開しているのですが、そのユーザーの方から「もっと小さいオフィスはないのか」というお問い合わせをいただいており、また、それまでの成長過程を振り返って、「もっとは早いうちから環境の整ったオフィスに入りたかった」という感想も届いていたからです。
ユーザーの声というのは、私たちデベロッパーにとっては何よりの資産です。これらの貴重なご意見をきっかけに、H¹Oの開発が本格始動したと言っても過言ではありません。
──H¹Oの開発背景とコンセプトを教えてください。安見:H¹Oは「ヒューマンファーストオフィス(Human First Office)」の頭文字をとったサービスオフィスのブランドです。少数精鋭の企業で働く社員一人ひとりが、快適で心地よく、個人のパフォーマンスを最大化できることを目指しています。
10人未満の少数精鋭で働く方々のニーズに変化を感じたのがこのオフィスビルブランドのスタートです。昨今の日本社会に目を向けると、全企業の約8割を占めるU-10企業においては、企業としての付加価値を生み出そうとする働き方改革に、さまざまな事情から着手できない状況があると思います。一方で、心地よく快適に働き、生産性やモチベーションの向上に寄与するワークプレイスの需要が高まっているのも事実です。
ですが、“10人以下で入居できる、綺麗で設備が整ったオフィスを見つけたい” “採用面から見栄えのよいオフィスに入りたい”、そんな彼らのニーズを満たすオフィスが少ないという現状がありました。
近年は、テクノロジーの進化によって革新的な商品やサービスを生み出す少数精鋭の企業も増えています。そして、そういった企業にはキャッシュが集まりやすい資金調達構造になってきています。キャッシュフローが活発になると、オフィスへの考え方も変化していきます。従業員のパフォーマンスやモチベーション向上、優秀な人材の獲得、また、情報漏洩リスクのないセキュアな環境などが、企業の成長ステージに合わせておのずと必要になります。ここに投資しようとする企業の需要に応えていくのが、私たち野村不動産の使命ではないかと考えたのです。
野村不動産都市開発事業本部ビルディング事業一部 安見彩香──2019年11月以降、「H¹O日本橋室町」「H¹O西新宿」「H¹O日本橋小舟町」の3物件を開業されていますが、現在の利用状況を教えてください。安見:U-10企業を中心としたベンチャー企業の本社としての利用や、大企業の新規プロジェクト拠点、副業やフリーランスなど所属にこだわらない働き方をされている方のオフィスなど、さまざまなニーズにお応えしています。基本的には、一人ひとりの社員が新しい価値を生み出すために自分らしく働けることを重視されている方々から共感を頂くことが多いですね。
利用状況については、H¹O日本橋室町は募集から2カ月で満床となり、テナントの入れ替わりはあるものの、現在も満室稼働しています。H¹O西新宿とH¹O日本橋小舟町については、どちらも半分ぐらいは契約が決まっています。とりわけ日本橋小舟町の場合は、コロナ禍の影響もあり、東京駅に近い立地、コストとグレードのバランス感の良さが、注目を頂いている理由かと考えています。日本橋のメインストリートから一本入っていることで賃料が抑えられること、さらには一棟開発型物件ならではの洗練された雰囲気とグレード感にも価値を見出される方が多く、十分な手応えを感じています。
「バーチャルオフィス内覧」をはじめ可能な限りの情報をWEB上で公開していたところ、実際に現地内覧をされずに申し込まれる企業もいらっしゃったのは、予想外の出来事でした。「ユビ電」さんもそのうちの一企業で、6月にH¹O日本橋小舟町に入居されています。外資系大手のコワーキングスペースからの転居という点も含めて、正直どうしてなのか、気になっておりました。
──山口さんに伺います。「H¹O」に入居を決めたポイントは何だったのですか。山口典男(以下山口):とてもシンプルに、物件の図面を見て決めました。私自身、H¹Oに移転前のコワーキングスペースに入る時に、その当時都内にあったさまざまな形態のワークスペースをかなりの数見て回っていたのと、もともと賃貸マンション経営をやっていたこともあり、図面を見ることに慣れていたのです。
窓側に大きな個室を配して、中央に小さな個室をまとめるプランが多い中、H¹Oは大小に関わらず、専有個室が窓に面した設計で、とてもよく考えられているなと思いました。また、個室ごとにエアコンのコントロールができること、さらに個別にネットワークがひけることも私たちIT企業にとっては重要なポイントでした。隣にヘビートラフィックを流す人がいると自分のPCが動かなくなってしまうこともありますからね。自分でネットワークをひいて自分でコントロールできるのが、小さい空間ながらも快適です。
オフィススペースイメージ(H¹O 西新宿)※家具はオプションメニュー ──IT系ということですが、ユビ電の創業経緯と事業内容を教えてください。山口:ソフトバンク社内で新規事業開発に取り組んでいたところ、それが社内企業制度で第1回優勝案件となり、2019年5月にソフトバンクからカーブアウトして創業したという経緯があります。
電気自動車や電動バイクなどが今後増えていくなかで、外で充電するためのちょっとした仕組みがあれば電気はもっと使いやすくなる。エネルギーも選べるようになる。そういう発想のもとで、外で電気を使いやすくするサービスを8月下旬に開始する予定です。
例えば、マンションなど集合住宅の場合、駐車場で充電したい人とマンションの管理組合との間をとりもつIoTサービスを提供します。それをホテル旅館や飲食店などにも応用して、日本全国いつでもどこでも“自分の電気”を自由に使える電力環境をデザインしていきたいと考えています。経営陣の年齢は若くはないですが、いままでにない環境創出を目指すという点では、れっきとしたベンチャー企業です。お陰様で非常に評判も良く、現在、日本各所に散らばった社員がそれぞれのエリアで開発を推進しています。
ユビ電 代表取締役 山口典男 ──事業をスムーズに展開するうえで、新しいオフィス環境はとても重要ですね。山口:はい。そもそもH¹Oに移転前のコワーキングスペースに入ったのは、ソフトバンクが株主だったので格好をつけたかったのと、流行りの半纏は着てみなさい、という祖母からの教えだったのですが……。コミュニティ形成をうながす開放的でオープンなスペースは、私たちIT企業には集中しづらく、ガラス張りの個室はセキュリティ面で不安がありました。もちろん、オフィス内で活発にコミュニケーションが生まれることもあるので、例えばクリエイティブな仕事をしている方など、人によってはよい環境だと思います。
それで、その体験を踏まえ、新しいオフィスには「ビジネスを展開するうえで基礎となる環境」「通信環境の整ったオフィス空間」「セキュリティ」「ビジネスパートナーを迎えるに相応しい接遇」を求めたんです。
落ち着いた雰囲気の会議室実際にH¹Oに入居してみると、それらの課題がすべて解決されているだけでなく、H¹Oには“ウェルバランス”がある、と感じるようになりました。賃料とグレードのバランスのよさ、実直な建物、デザイン、設備。そして受付スタッフのきちんとした対応など、日本のトラディショナルな空気感とテクノロジーによる自由さ。それらがうまく融合しているのは、すごいなあと。どんな場所でも、しばらく過ごすうちに「ここはちょっと」というような箇所がでてくるものですが、いまのところ何も不満がないですね。これは本当に、素晴らしいことだと思います。
センシティブな情報を扱ううえで、エントランスと個室の前に3D顔認証によるセキュリティが導入されているのはやはり安心できますね。入居者のみ利用できる共用ラウンジも、変に時代におもねらない、真面目な設計で僕自身とても気に入っています。
入居者限定の共用ラウンジ──ウェルバランスという評価を、安見さんはどのように受け止められましたか。安見:嬉しいですね。H¹Oの開発にあたって、私たちがValue 4 Humanと呼んでいる、「自分らしさ」「心地よさ」「豊かな感性」「心身の健康」という4つの価値指標を設けて、一つひとつの要素を吟味して空間に織り込んできました。その積み重ねが、お客様の快適性や心地よさにつながっていることを何より嬉しく思います。
──具体的に、「H¹O日本橋小舟町」ではどのような工夫をされたのでしょうか。安見:まず、「H¹O日本橋小舟町」はシリーズ初となる一棟開発型のオフィスビルということで、快適さと省エネルギーを両立する「パッシブエコビルディング」の思想をもとに、開発段階からできる限りの要素をプランニングして、実装しています。
例えば、外観デザインを構成する柱梁(ちゅうりょう)と窓面に設けたルーバーも、太陽の日射熱が直接室内へ進入するのを低減し、均一の空気環境を保つことに配慮したものです。また、専有個室にはRC躯体の高気密・高断熱を利用した床下空調を採用しています。これらに加えて、24時間空調(連続運転)とIoTによる自由な操作性も組み合わせることにより、温度ムラのない、個々に最適化された空気環境を提供できているのではないかと思います。防音面もかなりこだわりましたね。快適なプライベート空間を実現するため、間仕切り壁や天井裏の施工法などを社内で何度も議論・実験を重ねました。
先ほど山口さんがおっしゃった“開閉できる窓のある個室”も工夫ポイントのひとつですね。建物内部に中庭(吹き抜け)を設けることで、すべての専有個室をはじめ共用ラウンジ、動線への採光と通風を確保しています。
オフィスは変化のない空間になりがちなので、少しでも五感を刺激するような、インスピレーションが湧くような体験をしてもらいたいと思っています。
これらの取り組みを評価いただき、「CASBEEウェルネスオフィス評価認証」という2019年に新しく始まったオフィスの認証制度で、大規模ビルと同等のAランクの認証を受けることもできました。
共用ラウンジは、オープンで開放的なラウンジと、防音設備なども取り入れた集中型のパーソナルラウンジ、この2タイプをご用意しています。オランダから始まった「ABW(アクティビティ・ベースド・ワーキング)」の考え方をもとに、入居企業のワーカー様が仕事内容に合わせて働く時間と場所を自由に選べる環境をデザインしています。また、ウイルス感染予防を目的とした空気感染対策システムを導入したり、週に一度ヘルシーフードを提供したりと(現在は社会情勢を鑑みてストップ)、入居者の健康面に配慮した施策も行っています。
山口:個室空間や共用ラウンジに散りばめられた、快適さの裏づけとなる工夫がよくわかりました。空間に「閉じる」「開く」といったメリハリがあり、折々に使い分けられるのも、コワーキングスペースとはまた違った良さですね。
安見:最新のIoT技術によってラウンジの利用状況をアプリで見ることもできますので、より効率的に時間を使っていただけると思います。ちなみに、wi-fi・電源完備の屋上テラスには自然を身近に感じる「バイオフィリックデザイン」を導入しています。ちょっと場所を変えて仕事をしたいとき、リフレッシュしたい時に屋上に出ていただいて、日本橋の空や街の息づかいを感じていただくことも、心地よい刺激の一部になるのではないかと考えています。
周囲が見渡せる、緑豊かな屋上テラス ──「HUMAN FIRST 研究所」の調査結果に見られるように、いま、働き方に対する意識が大きく変化しています。実際に山口さんの働き方、そしてユビ電においてはどのような変化がありましたか。山口:ユビ電では緊急事態が発令される2カ月前に「常に在宅勤務」となることを原則としました。もともと在宅勤務を全社的に取り入れていましたので、「たまに在宅勤務」から「常に在宅勤務」となったわけで、私たちの動きはあまり変わっていなかったんです。
ところが、それまでフェース・トゥ・フェースを重視していた大企業の方も、自宅からWEB会議に入ることをよしとするようになって。在宅勤務が主流のようになったことで、逆に、「自宅で働くこと」と「オフィスで働くこと」のバランスを考えるようになりましたね。朝、パソコンの前に座ったら最後、夜まで電話会議の連続。この前、久々にスマホの歩数計を見たら「0歩」でした。一人の働く人間としてオンライン会議というのは非常に合理的ではあるものの、一方で肉体をもつ動物としては深刻な運動不足になるし、精神衛生上あまり良くはないとも思っています。
加えて、日本には住宅事情というのもあって、30代ぐらいのオフィスワーカーたちは、自宅に小さな子どもがいるけど立派な書斎をもっているわけでもなく、「働く場所は家の外に必要」「オンライン会議もオフィスでやりたい」といったニーズは確かにある。そういう意味でも、ひとりの経営者として、今後は、このようなスモールオフィスをハンドリングしていくのが大事になるのではないかと感じています。
──H¹Oに移転後、どんなワークスタイルを推進されていくのでしょうか。山口:当社にも若い社員がいますので、彼らがこれまで以上のパフォーマンスを発揮できるウェルビーイングな環境を整えたいと考えています。実は、H¹Oに本社移転するとともに、野村不動産の展開するサテライトシェアオフィス「
H¹T」も契約していて、現在は本社オフィス、在宅勤務、サテライトオフィスを組み合わせるワークスタイルに変わっています。H¹Oをビジネスの基盤に、それぞれの社員の自宅や外出先から近い場所にサテライトオフィスを設けたことで、ワークスタイルの柔軟性と、会社全体の機動性が高まりました。
私たちは、「働くこと」に関しては、基本的にセキュリティを守る以外は自由であるべき、と考えています。ですが、人間というのはどこかに拠り所を求めるもので、しっかりとした基盤があったほうが、より自由の幅を広げることができるのではないかな。私たちにとって、「H¹O日本橋小舟町」のオフィスの位置付けは “みんなで安心して集まれる場所”。いろんな使い方ができることをいまから期待しています。
ユビ電 代表取締役 山口典男 ──プラスαで「こんなことをしてほしい」という要望は何かありますか。山口:先々の話になるとは思いますが。個人的にはここは“カッコイイ雑居ビル”だと思っていて、いろんな業態の企業が入っているんでしょうから、何かアクティビティを通して楽しい場にしてほしいですね。やりすぎない程度に、野村不動産らしい柔らかい企画をやってもらえると、補完的に面白くなれるかなと思います。
安見:私たちも、本当は入居者が揃った段階で懇親会のようなことを実施したいのですが、コロナの情勢の中、どのようにやっていくか今後の方針を検討しているところです。ハード面だけでなく、ソフトサービスも充実させていきますので、楽しみにしていてください。
──多くの期待を背負ったH¹O、今後の見通しや展開を聞かせてください。安見:さまざまな企業の方のお声に耳を傾け、「HUMAN FIRST 研究所」との連携も強化しながら、より価値のある商品をご提供していきたいと思っています。今後の予定としては、まず、10月に第4号物件のH¹O渋谷神南(一棟開発型の2棟目)が開業します。その後、11月に渋谷エリアにもう一物件、12月に神田(一棟開発型の3棟目)。来年1月には、虎ノ門駅直結の当社再開発ビル内、2月に平河町。その後も麹町や日本橋茅場町など、2023年度末までに15拠点の開業を目指しています。
また、ご入居後に、それぞれの企業の成長に合わせてスムーズに展開をしていただくことも念頭に置いています。
例えば、専有個室の間仕切り壁は構造上取り外しもできますので、手狭になったタイミングで隣室が空いていれば、引越しをすることなく拡張が可能ですし、さらに事業拡大される場合は、同一エリアに展開しているハイグレード中規模オフィス「PMO」や新宿野村ビル・東京虎ノ門グローバルスクエアなどの大規模オフィスへの転居、という動線もあります。豊富なラインナップを生かして、いまの時代に則したフレキシブルなオフィスの再編成を支援するとともに、テナント企業様に多様な選択肢をもってもらうことで、各社の「オフィスポートフォリオ」の最適化のお手伝いをしていきたいと考えています。
野村不動産都市開発事業本部ビルディング事業一部 安見彩香スタートアップやベンチャー企業が起こすイノベーションは、日本の経済発展、そして豊かな社会形成に欠かせない資産である。その源流に「幸せな働き方」を育み、個人と企業のパフォーマンスを最大限に引き出すのが、H¹Oの信条であろう。
利用者とデベロッパーが共に手を携え、思いを注ぎ込むことで、イノベーティブな会社を集める磁場のような魅力を放っている。
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