今回のコロナ禍がきっかけとなったわけではありませんが、こうしたことにいち早く取り組んでいた企業が三井化学です。
三井化学は、彼らの持つ大牟田工場(福岡県大牟田市)において原材料の搬入等に使用していた三井化学専用線(旧三池炭鉱専用鉄道)を、2020年5月に廃止しました。
この廃止に伴い、三井化学は「三池炭鉱」の時代から現在に至るまで100年以上にわたり活躍を続けてくれた炭鉱電車への感謝を込め、また未来に向けたレガシーとして活用することを目指し、「ありがとう炭鉱電車プロジェクト」という企画を始動しました。
炭鉱電車の音を「資産」に
ニュースなどでご覧になった方もいらっしゃるかもしれませんが、このプロジェクトに私が代表を務めるSOUNDS GOOD(R)も参加し、炭鉱電車にまつわる音を「資産」として残し、音楽アーティストのSeihoさんとのコラボレーションから、新たに楽曲として昇華させるという取り組みを実施しました。
具体的には、21種類に及ぶ炭鉱電車にまつわる音を収録しました。走行音はもちろんのこと、車掌室の中で聴こえるハンドル操作やブレーキ、走行前に欠かせない点検や検査の音も収録しました。また、電車とは切っても切り離せない踏切、今では全国的に珍しい手動線路切替レバーなどマニアの方にとって堪らない音もあります。
炭鉱電車がなくなることによって失われてしまう音の資産は、電車に直接関わる音だけではなく、そこに集う人たちに関するものもあります。現場で働く方々が利用していた駅の木造階段やストーブなど、そこで働かれていた方々にとって日常的なノイズであった音まで収録しました。
こうして収録した音を使ったSeihoさんによるコラボレーション楽曲は、耳にした三井化学の方が涙を流されたというほどの素晴らしい仕上がりで、現在も多くの方に聴いていただいており、炭鉱電車にまつわる音を、ポジティブな形で「継承」していくことができています。
そもそも、三井化学は、なぜ音で残すということを考えたのでしょうか。三井化学の担当者の方は「音を聴くことで、(炭鉱電車のことを)景色まで伴って、色鮮やかに思い出してもらいたかったため」だと話しています。
音というのは、私たちの記憶と密接にかかわっているものです。普段は気にも留めていない、何気なく聞こえている環境音も、なくなると案外寂しいものです。それが、100年以上の長きにわたり大牟田の町中で聞こえていた炭鉱電車の音であればなおさらのことです。
そんな時、ふと耳にすることで、音だけでなく景色まで伴って色鮮やかに思い出してもらえるよう、炭鉱電車を「音の記憶」として、記録化したいと思ったのだそうです。
音は、映像で映し出されるものよりもはるかに多くの記憶や感情を呼び覚ましてくれる。だからこそ、「音で残す」というやり方には他の手法にはない可能性がある、ということです。
連載:ノイズの可能性
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