経済・社会

2020.07.24 08:00

全米150万部ベストセラーが日本の「編集者泣かせ」だった理由


マルコム・グラッドウェルは遠回りもいとわず、この3つを紹介していく。それぞれが読み応えのある、そして新たな発見を与えてくれる多彩な事例に満ちている。そしてふたたび、サンドラ・ブランド事件という本流に戻ってくるときには、部分部分が複雑に関係しあう壮麗なタペストリーが織り上がっているのである。読者の頭の中では、(とあるインタビュアーがグラッドウェルについて語っていたように)「まさに脳の回路がつなぎ替えられる」経験をするのである。

もう一つ、サンドラ・ブランド事件を人種問題の一例に押し込めてはいけないというグラッドウェルの意図からすれば当然だが、検証の過程に人種差別という要素を持ち込んでいないのは、この本の「隠れルール」だ。これは読者が「人種差別」で思考停止しないための方策だ。最終的にグラッドウェルは、サンドラ・ブランド事件を「共同体全体の失敗」と結論づけている。

「他人を理解できる」の思い込みを捨てたらどうなるか?


本書でグラッドウェルは一貫して、人間の認知に生じる限界・誤解・誤謬について語り続ける。そして、コミュニケーションの困難さ、わかりあえなさを強調する。本書は次のような言葉で締められる。

「私たちは、よく知らない相手とどう話をすればいいのかを知らない。では、その相手との関係がうまくいかないときにどうするのか? そう、よく知らない相手のせいにする。」

こんなふうに書くと、とても悲観的で、救いのない話に思えてしまうかもしれない。だが実際、本書の議論を経てグラッドウェルが最終的に勧めているのは、とても人間味溢れる、温かいやり方だ。すなわち、人間がこれまで進化してきた道筋に沿って、過度に疑うよりも信用することを大事にすること。そして、他人を理解できると思い込むのをやめて他のもっとましな方法を考えよう、ということだ。2020年などというちょっと馬鹿げた未来的な年号の年に、世界でもっとも影響力の大きい論客の一人が、テクノロジーやイノベーションの話ではなくて、こういうことを言っているというのはとても示唆的だ。

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文=小都一郎

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