原書タイトルの「Talking to Strangers」とは「見知らぬ他人、あるいは、よく知らない人と話しをする」という意味だ。だがやはり、秀逸すぎる本書の議論の一つ一つを、そのタイトルだけで代表するのは難しい(結果的にはそうしたが)。
「寿司だ!」といっても、桶の中にマグロだけでなくステーキやうどんが入っているようなものだ。「これは◯◯の本です」と一言で言えないのは、担当編集者にとってはとてもつらい。だが奇しくも、グラッドウェルが釘を刺しているのは、まさにそのことなのだ。
アメリカ「ブラック・ライブズ・マター」の抗議デモの様子(Getty Images)
その点、本作の日本での発売日の直前に、再度全米でBlack Lives Matterの抗議デモが巻き起こったのは、話題性としては絶妙のタイミングであったが、同時に「呪い」でもあった。本書で類似の事件を取り上げていることはアピールすべき事項だが、「そういう本」だと思われることは望ましくないのである。
何か事件が起こると、人はそれを単純化して説明したがる。だが事態はもっと個別的で複雑であり、誰もが立ち止まって考えてみるべきなのだ。
他人の理解を妨げる「3つの誤り」
サンドラ・ブランド事件が起きてしまった背景は非常に複雑だが、著者は次の3つの観点から、事件を根気強く分析していく。
1. デフォルト・トゥルース理論
よほどの反証が提示されない限り、人は相手の言うことを信じるようにできている、というのが「デフォルト・トゥルース理論」だ。だから、悪意ある嘘つきの前では、人はすぐにだまされてしまう。しかしこれは円滑な社会運営のために必要な進化だったのであり、すべてを疑ってかかるべきだという社会のコストはむしろ高くつく。
2. 透明性
表情や仕草から、他人の心の動きを透かして見ることができる、という考え方を「透明性」という。人は悲しい表情を見ればそれとわかると思い、自分も悲しいときには「悲しいような表情」をしていると思う。だが、必ずしもそうではなく、大きな誤解が生じることがある。
3. 結びつき(カップリング)
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なにかの事象が特異的になにかの現象や場所と結びついていること。たとえば、重大犯罪が起きる場所というのはあらかた決まっているので、そこを警察が重点的にパトロールおよび取り締まりするのは、もっとも効率のよい方法である。逆にそれ以外の場所をやみくもにパトロールすることには意味がない。