養蚕業の伝統がある日本ならではの蚕ビジネス
日本では蚕と人との関係性の歴史が長い点にも、梶栗は魅力を感じている。
「蚕の良さは日本の全国各地に養蚕業の文化や技術が残っているところですね。地方の活性化という観点からみても、かつて栄えていた養蚕業の伝統を活かせないかと考えている人たちは少なくありません。例えば、絹を作る過程で廃棄される蚕のさなぎがあるのですが、これを有効活用したいと考えている人たちから問い合わせをいただいたりもしています」
「天の虫」と書く「蚕」は古事記や日本書紀にも登場し、古くから「おかいこさま」と呼ばれ日本人に親しまれてきた。江戸幕府の奨励によって養蚕地帯が形成されると、蚕は日本の産業を担う存在になっていく。1859年の開国後には貿易も始まり、生糸は日本最大の輸出品となる。また財団法人「大日本蚕糸会」によれば、養蚕業の最盛期1930年代には、全国の農家の40%で養蚕が行われていたという。
日本の蚕産業が培ってきた知見が、現代の食料問題を解決する糸口になるか
日本には蚕産業を国策的に推し進めてきた歴史があるため、蚕をどうやって効率的に生産すればよいかという研究も蓄積されている。また戦後に養蚕業が衰退してくると、その研究の成果を何か新しいことに応用できないかという動きが出てきたという。
「最近だと緑色に光る蛍光シルクなども開発されていましたが、それも応用的な研究の一例ですね。私たちの事業の場合は、日本の蚕研究の知見を食品分野へと活かそうとしています。いま取り組んでいるプロジェクトに面白いものがあるのですが、それは蚕のエサを変えることで味や風味を変えようという研究です」
もしこれが実現すれば、ミントを食べさせた「臭い消し用の蚕」や、オレガノを食べさせた「イタリアン向きの蚕」など、蚕の食品としての幅が大きく広がるかもしれない。このユニークな研究は東京大学と協力して現在進行中だという。「蚕は普通は桑しか食べないのですが、今のところ実際に違うエサを食べさせること自体には成功しています」
現段階ではまだ「昆虫食」に対してネガティブな印象を持っている消費者も少なくないかもしれない。しかし「おいしさ」「栄養」「食材としての応用可能性」という3点からみて、蚕が持っているポテンシャルが大きいことは間違いない。また、日本の蚕産業の伝統を活かした食品という観点からみれば、海外発の昆虫食には真似ができない独自の競争力も持っている。蚕が世界の食料問題を救う立役者になるかもしれない。
梶栗は「2025年には昆虫食が普通に食べられるようになる」という近い未来像を描いている。「今後は大手食品メーカーなどとも組んで、多くのプロダクトを手掛けて蚕を食べる文化を広げていきたい」と語る。
表参道での「シルクフードラボ」ではハンバーガーだけでなく蚕を用いたスナック菓子やシフォンケーキなども販売している。また期間限定店舗の終了後もECサイトでパティなどの販売が続く予定だ。ぜひ一度、未来の食材の味を自分の舌で体験してもらいたい。
表参道の屋台村「COMMUNE」内の「シルクフードラボ」。ロゴデザインは藤原ヒロシ氏