経済・社会

2020.07.19 12:30

彼女は発達障害かもしれない 恋愛の危険な心理と7つの重なり|#供述弱者を知る

連載「#供述弱者を知る」サムネイルデザイン=高田尚弥

連載「#供述弱者を知る」サムネイルデザイン=高田尚弥

滋賀県の呼吸器事件では、不当のレベルを超えて違法性が問われるべき次元の捜査が多々あったが、西山美香さん(40)の無実の可能性を示し、再審を訴えるには、そこに焦点を当てるだけでは不十分だった。

なぜなら「そうは言っても、彼女は自白しているではないか」という指摘が付きまとい、7回もの裁判でその自白の任意性、信用性が認められているからだ。彼女自身が訴えている「刑事を好きになって自白した」という訴えは、初めての人には突拍子もなく聞こえる。「うその自白」に追い込まれてしまったのには、彼女なりの理由があるはずだ。

「障害」をキーワードにそれを探り当て、無実の彼女が虚偽自白に至ったメカニズムを解くのが、私たちのミッションだった。

前回の記事:獄中からの手紙をデータ化。使いやすいネタの「素材庫」に

2つの事実が必要だった。1つ目は、言わずもがなだが、彼女に「障害がある」という事実だ。この時点では、精神鑑定をできるとは思っていなかったが、医学的な知見を得てその可能性を示すことができれば、と考えた。もう1つは、発達障害が原因で冤罪になった、という事例が他にあるかどうか。すでにそのような事例があるのなら、障害という視点が、人々の注意を引くことになるはずだ。

滋賀県政を担当していた角雄記(37)、県警担当の井本拓志(31)の両記者と一緒に立ち上げた取材班には、県警チームで大津署などを担当していた高田みのり記者(27)も加わった。2016年の年末から2017年の2月にかけ、手紙、訴訟資料のデジタル化と、弁護人の井戸謙一弁護士(66)、支える会を2013年に立ち上げた恩師、発達障害の専門家への取材に時間を費やした。

発達障害の研究者から薦められた1冊の本


そんなある日、井本記者から私に電話がかかってきた。

「発達障害の研究者から、この障害に関連する書籍を紹介されたんですが、それが、西山さんが取調官の刑事にコントロールされていった心理的な背景とすごく似通っているように思うんです。読んでもらえませんか。どう思うかなと思って。その部分をPDFにしてメールで送ります」

書籍の名は「アスペルガー症候群 思春期からの性と恋愛」(ジェリー・ニューポート、メアリー・ニューポート著)。

メールで送られてきたのは「第7章『片思い』と『病的な関係』」で、アスペルガー症候群の人たちが恋愛対象と遭遇したときの危険な心理的なメカニズムを紹介していた。少し長くなるが、その一節を以下に引用する。

「ぼくも含めて、われらが仲間たちは、生まれついてのカモだといえる。まず、最初の友だちさえなかなかできなくて、そのために引っかかりやすくなる人も多い。それにどうやら、ぼくらに会わなければ良い人で通せていたような人たちまで、あまりに無防備なぼくらを見ているうちに、つい、わがまま心を刺激されてしまうこともあるようだ。ぼくも手痛い経験から学んだことだが、『たとえ〝友情〟のためとはいえ、これ以上は譲らないぞ』というラインは、心の中にしっかり持っておかなくてはならない。さもないと、友だちだと思っていた人たちに、身ぐるみ剥がされてしまうことにもなりかねない。彼らはきみから『ちょっとだけ』と借りていったお金で車を買っておきながら、その車で、出資者であるきみを轢いて意気揚々と去っていくかもしれないのだ。異性とつき合ったこともなく、この先もモテる望みはなさそうと思っている人は、『もしかしたら、おつき合いに発展するかも?』というえさをまかれたら、たちまちまいってしまう。とりわけ、相手が魅力的で、カリスマ性のある異性となると、さらに危ない」
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文=秦融

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