「世界のオゾネ」が妻、そして27万7000人と起こした奇跡

小曽根真氏夫人・神野三鈴氏


「子ども向けに演奏をすると、子どもは聴かない」


今回のリビングルームコンサートでも、スタンダードジャズからドラえもん、クラシック、歌謡曲まで、実に幅広いジャンルのリクエストが届いたが、それも同じこと。

小曽根氏は自身の知らない曲を「宿題」として、後日リベンジを果たしたこともあった。

「『ピアノを演奏すること自体がうれしい』『好きな音楽にジャンルは関係ない』をあらためて確認できたからこそ、リクエストをもらった時に『その曲、ちょっと知らないな』で終わるのがくやしくて。だから『持ち帰り』にさせてもらって、譜面をダウンロードして練習したりしました」(小曽根氏)

ただ、唯一受けなかったリクエストがある。それは「子どもにわかる曲を」というものだった。音楽に、子どもも大人も関係ないからだ。

「子ども向けに演奏をすると、子どもは聴かない」というのが、小曽根氏の実体験に基づく持論だ。

「以前、自閉症の子どものためのコンサートに出演しました。主催者が子ども向けの曲を用意してくれたのですが、弾きながら、正直『つまんないなー』って思っていたんです」(小曽根氏)

最後に一曲だけ、自分たちの好きな曲を演奏させてもらうことにした。

null

「そうしたら、その曲を弾きはじめた途端、これまでワーッと騒ぎ回っていた子どもたちが、一斉にピタッと静まったんです。その様子を見て、結局、音楽って全部『波動』なんだな、と思いました。子どもが騒ぐコンサートは本気で演奏していない証拠かもしれません。以来、僕は『子ども向け』という言葉だけは敏感に反応してしまう」(小曽根氏)

年齢による分け隔ては不要。重要なのは、本気か否かのみ。そして、本気の波動は年齢に関係なく相手の心を射抜く力がある。「魂には年齢はない」からだ。

「大人が本気でしびれる演奏をしたら、子どもは「なんだろう?」と思い、必ず感じてくれるんです」(三鈴氏)

「大人の本気」が、大人になる楽しみや希望を教える


「今の日本では、子どもは『大人になるとつまらないことが多くなるのか』と思い、大人になりたくないという声をよく聞きます。でも、大人にならないと経験できない魅力的な世界もある。たとえば、若い頃、ニューヨークにある『ジャズクラブ』という、ちょっとキケンだけど魅力的な香りのする場所があることを知りました。『今は行けないけれど大人になったら行ってみたい』と憧れる世界。そこに行きたいから、早く大人になりたかった」(三鈴氏)

子どもにも大人になる楽しみや希望を教えることも、大人の務めと言えるのではないか。

今回のオンライン配信でよかったのは、介護や育児中の人、金銭的な問題でコンサートに行けない人、足腰が悪くて外出しづらい人などが、家族一緒に音楽を楽しめたことだ、と三鈴氏は言う。そして、このリビングルームコンサートをきっかけに、ピアノをはじめた子どもが増えたそうだ。まさに、大人の本気でしびれる演奏が子どもの感性に共鳴した証だろう。

これから、日本でもアーティストと観客の関係にも変化が見られるのではないか、とふたりは考える。
次ページ > “共犯”関係

文=柴田恵理 撮影=小田駿一 編集=石井節子

ForbesBrandVoice

人気記事