イノベーションの舞台裏

日本酒の酒造会社「上川大雪酒造」

日本屈指の米どころとなった北海道で、豊かな天然水を使って、北海道に新しい日本酒の酒蔵をつくることが出来ないか──そんな思いのもと、2017年5月、北海道上川町に誕生した日本一新しい日本酒の酒造会社が「上川大雪酒造」です。

全国的に日本酒の酒造会社、酒蔵は年々減り続けている中、なぜ新たに酒造会社を立ち上げることにしたのか。また今年に入り、NHK朝ドラ「なつぞら」の舞台となった十勝に、東京ドーム約40個分の敷地を持つ帯広畜産大学構内に日本酒蔵を創設しています。その裏側にある思いについて、上川大雪酒造 代表取締役社長の塚原敏夫に語ってもらった。


拡大路線を追求した結果、伝統的な製法は衰退


酒蔵を起点にした地域振興を会社の目的としてから、これまでとは違う地域社会の姿が見えるようになった。交通、流通の利便性が増すに連れ、「地域特性=都市圏からの利便性」に変化したことで、小さいながらも「うちの街にはこれがある」と自慢できる田舎が減っている。基本的に伝統産業と言われるものには地域ごとに特徴のあるつくり方だったものが多い。個配流通やインターネットが今ほど発展していない時代に、増産の為の分業効率化を図って拡大路線を追求した結果、手作りのような伝統的な製法は衰退した。

しかし、年齢も貧富の差も地域性も超えてインターネットが普及した結果、時代が逆流したかの如く地域でクラフト化された昔ながらの商品を求めるようになった。

私が生まれた北海道では一軒も酒蔵が無くなってしまった地域が多く、日本酒が食中酒としての需要を取り戻し日本酒の伝統文化を次代に引き継ぐためには、それぞれの地域でクラフト化された酒蔵が出来ることが必要である。

明治の時代に北海道に200軒以上あった酒蔵が平成28年には11軒まで減少したが、同年、上川大雪酒造は北海道で戦後初めて設立された12番目の日本酒の酒蔵として酒蔵の無かった上川町に誕生した。そして今年5月に北海道13番目の酒蔵を同じく酒蔵の無い十勝地方にある国立帯広畜産大学キャンパス内に設立した。



友人の勧めで、2年がかりで酒蔵を設立


日本の伝統産業の筆頭格にあげられる「酒蔵」。業界の集まりなどで名刺を交換するとほとんどの方が「○○代目 蔵元・社長」と名刺に書いてある。伝統産業には創業家から経営者が変わっていても創業○○年と表記する会社が多いことに若干違和感がある。

一般的な会社では「○○代目」という情報は控えめに扱われることが多いので、酒蔵が如何に特別な業界かが伺える。

私が酒蔵をつくったきっかけは、証券マン時代(当時20代)に転勤先の三重県四日市市で知り合った友人にある。実家の家業で酒蔵を営んでいた友人から、「業界の余波を受け実家の酒蔵を廃業することになった。日本酒は新規に参入できない特別な産業だから実家の酒造会社を北海道に移転して新たな挑戦をしないか」と勧められた。

実際に酒造免許を管轄する国税局(所轄税務署)に相談に行ってみると簡単なことでは無かったが、2年がかりで何とか北海道への移転許可を取得し、戦後初となる新しい日本酒の酒造会社をつくることが出来た。それが上川大雪酒造である。

編集=新國翔大

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