前回のコラムでは、こうした「意味づけ」が、アート作品の価値を押し上げた例を紹介した。付加価値やストーリーなどの意味づけの方法について、ブランドがアートに学ぶことは大きいからだ。今回は、実際の商品を例にブランド価値のつくり方について見ていこう。
先日ある記事で、日本の大手企業のトップが、商品の価値づくりについて「マーケット・インでなければならない」と力説していた。それを読んで驚いた。40年以上も昔の感覚だと思ったからだ。
「マーケット・イン」とは、簡単に言えば、市場に顕在化しているニーズに基づいて商品やサービスを開発する手法だ。よって、モノや課題解決への方法が圧倒的に不足している高度成長期にはよかった。
しかし、モノも情報も過多ないまの時代、顕在化しているニーズは、ITによって安価にリサーチもでき、把握しやすい。これだけ情報が手に入りやすいということは、それに倣うモノづくりは、全員同じ方向に向いていく。
なぜ市場が飽和しているのか、そしてなぜ似たようなモノばかり溢れているのか、いちばんの要因は、マーケティングにおいて市場の声を聞くからだ。結果、横並びのモノばかりが増え、多少の違いを声高に訴求しなければならないという低収益化で、まさにレッドオーシャン(競争が激しい市場)を彷徨うことになる。
ハーゲンダッツのプレミアム戦略
市場を読み過ぎることは、ブランドの構築においては弊害となる。基本はオンリーワンでなければならない。つまりは、マーケット・インの逆、「プロダクト・アウト」によってブランドの付加価値を創造すべきなのだ。
プロダクト・アウトとは、潜在的なニーズを掘り起こすということだ。まだ誰も気づいていないニーズに対応していくのだから、まさにそこはブルーオーシャン(競争者のいない未開拓市場)である。当然、これに成功すれば、収益も高く、人気も上がる。代表例はかつてのウォークマンで、近年ではiPhoneだ。
マーケティングにおいてはよく語られるエピソードだが、馬車の時代、人に「どんな乗り物が欲しいか」と尋ねれば「もっと速い馬車が欲しい」という。しかし、馬車の市場にとって代わったのは「自動車」だ。自動車が馬車の市場の声から生まれることはない。
前出の、トップがマーケット・インを力説する大企業は、稟議の際に「誰も見たことのない革命的アイデア」は当たり前のようにボツとなり、「市場の声を大量に集めた凡庸なアイデア」はエクセレントと評価されるのだろうか。日本の未来を考えると怖い話だ。