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2020.07.17 07:00

急増するペット需要 犬の「本当の気持ち」がわかるデバイスが映し出す未来


しかし、いずれの方法もセンサーを皮膚に密着させないといけないため、毛の長い犬では非常に困難なのである。心拍を測るために毎回毛を剃るのは現実的ではないし、何より犬の負担が大きい。そこで山口は心臓の音から心拍を計測する方法を考えた。マイクで心臓の音を拾うことができれば、毛を剃る必要がなく、犬を傷つける心配もない。心臓のできるだけ近くにマイクを配置するため、ハーネスタイプの犬用ウェアラブルデバイスのアイデアが具体的に固まっていった。

音に着目した後も困難は続いた。毛の上から心臓の音を拾うことが難しい上に、犬は活発に動き回るため、マイクで音を拾おうとすると膨大な量のノイズが入ってきてしまう。イヌパシーではハードとソフトの両面からこの課題を解決することにした。心音を録るためのマイクだけでなく、基盤回路上でもノイズを除去し、最終的に解析プログラムで音の周波数を処理して心音を抽出し、心拍データに変換している。「山口にハードとソフトの掛け合わせでノイズを除去するイメージがあったから、複雑な処理をスマートにこなすイヌパシーが完成できた」と山入端は当時を振り返る。

ビジョンか目の前のペインか


多くの困難を乗り越えてプロダクトが形になってきたが、量産化に向けた資金調達を進める際に、イヌパシーは大きな壁に突き当たった。イヌパシーは犬の気持ちを深く理解し、もっと寄り添って暮らすためのプロダクトだ。しかし投資家にイヌパシーの説明をすると、必ずこの商品が解決する具体的な課題(ペイン)は何なのかが問われ、ラングレスのビジョンに共感してもらうことができなかった。

「プロダクトが解決するペインはなんなのか」。もちろんそれは事業を作っていく上で探求し続けないといけないことである。しかし、犬の気持ちを理解すること自体を人々がイメージできていない段階では、具体的なペインを問われたとしても「躾に役立つ」などといった説明しかできなかった。「もちろんそれも提供価値の一つではあるけれど、そのためにものづくりをしたいわけではない」山入端は悶々とした気持ちのまま方向性を見失っていた。

自分たちが信じた方向に


様々な投資家や起業家と話す中で、連続起業家であり、投資家の孫泰蔵氏から意見をもらう機会があった。「僕は将来的に植物が自分の意志で動く未来が来ると思うよ。そういう時代になったときのイヌパシーはどういうものになるんだろうね」。その言葉が山入端の考えを大きく変えた。目の前にある短期的な課題を解決するだけではなく、そもそも飼い主たちが本当に望んでいることはなんなのか、飼い主たちも気が付いていないニーズがあるはずだ。そこに目を向けられるようになった山入端は事業計画書を一旦置き、山口と二人でラングレスとして本当にやりたかったことをホワイトボードに書き殴っていった。

「あのときの会話がなければ、自分たちのことを信じられずに、イヌパシーはただ躾を改善するとか、今とは違った方向のプロダクトになってしまっていたと思う」。考えが整理できた後は、「世界のあり方を生き物と共に決めていく未来を実現したい」という自分達の想いを真っ直ぐに伝えられるようになった。今の社会は人間中心に成り立ちすぎている。自分たちのデバイスで動物たちの意思や感情が伝わるようになれば、より良い世界が待っているのではないだろうか。

山入端は「事業の筋はまだまだこれから」と謙遜するが、素直な気持ちでビジョンを説明できるようになったあとは「この人達に懸けてもいいかな」と思ってくれる人が増え、着実な手応えを掴んでいる。
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文=入澤諒

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