「僕がイラストを手がけたこのレコードは、グラミー賞をとったんだ」、「ヴィニー・ナイロンの展示会をここでやった時には、バンクシーが資金援助をしてくれたんだよ」とこれまでの仕事を楽しそうに振り返るのが、イギリス出身のオーナー、ロブ・キドニーだ。
ここに展示される作品は、ジャンルやアーティストの国籍や年齢を問わず、彼と妻が本当に気に入ったものだけ。
展示作品は約1カ月ごとに入れ替わり、その度に各地から、通常であれば、外国からの観光客を含めた多くのアートファンがここに集う。
「WISH LESS」を東京の中心とは言えない場所で運営して約8年。流行り廃りが激しく、存続させることが難しいと言われる小規模なアートギャラリーに、なぜ多くのファンが集うのか。
イラストレーターとキュレーターのふたつの顔を併せ持ち、長年アート業界に身を置く彼に、その秘密と、この数年でアート業界に起きている変化を聞いた。
「わざわざ田端までようこそ」
私たちをマスク姿でこう迎え入れてくれたロブ・キドニーが運営するギャラリーは、もともと他のアーティストのアトリエとして使われていた。
ところどころに傷が残る壁やオフィスの中が丸見えのカウンター、そこに置かれたレコードプレーヤー、ステッカーやTシャツが所狭しと並んだ販売スペースから、ロンドンやベルリンのギャラリーの雰囲気を感じる人も多いという。
銀座や六本木などのギャラリーに漂う緊張感はなく、ここに来て感じるのは、秘密基地に足を踏み入れた時のようなワクワク感だ。この独特の雰囲気に惹かれてか、最近では20代のお客さんも増えているという。
「このギャラリーに限らず、アートを買う人の年齢がここ数年でグッと下がった印象があるね。日本で、ギャラリーや美術館に行ったり、アートに触れたりすることが“おしゃれ”であるとメディアが取り上げて、インフルエンサーがSNSで拡散し始めたのがちょうど数年前。
それをきっかけに、本当にアートに夢中になった若い人もいる。そんな彼、彼女らがどうしても欲しい作品に出会って、購入しているのだろうね。中には5万円ほどで買える作品もあって、アートが身近な存在だと気づいた人も増えていると思うんだ」
人気アーティストの「共通点」
最近では、世界中のアーティストが自身のインスタグラムで作品を公開しているが、近年人気のアーティストには、ある共通点があるようだ。
それをロブは、「展示場所を選ばない作品を生む才能」だという。
広い空間に巨大な作品を展示できる美術館、落書きが違法だからこそ魅力を感じる街の壁、そして小さな正方形で世界中に作品がシェアされるインスタグラムの面、どこに展示しても人を魅了する作品を生みだすことができるのが、今世界で人気を集めるアーティストの共通点だ。
そして、その作品が世界情勢を現し、人々の「怒り」を代弁するようなものであれば、よりいっそうの注目が集まる。