里山に住む「ミニマリスト」のDIY的暮らし方

d3sign / Getty Images

東京・神楽坂から、長野・富士見町に移住をしてから5年が経つ。地方移住で暮らしはどう変わったかとよく聞かれるが、私自身が一番変化を感じていることは、子どもは1人でもいいかなと思っていた私が、5人くらいいてもいいかもと思うようになったことだ。

どうしてそう思うようになったのか。1つめは、移住をしてから子育てというものがすごく楽になったことだ。都心にいたころは、週末になると、まるで夜ごはんのメニューを考えるかのように、明日は何をして遊ぼうか、公園に行こうか、それともあそこへ行ってみようかと、子どもの遊びを用意していた。そして外出をすれば、誰かに迷惑をかけることのないように気を遣っていた。

移住をしてからは、それが一切なくなった。外で花を摘んだり、石を拾ったりするだけでも楽しそうにしているし、料理や野良しごとの手伝いがそのまま子どもの遊びになった。子どもに気を遣うことなく、大人はやるべきことをやって、子どもが自然とそこに一緒にいる。

2つめは、周囲の世帯あたりの子どもの数が、1、2人ではなく、2、3人、感覚値としてはもっと多くて、3人以上であることだ。子育てをする友人たちで集まると、部屋は子どもたちで溢れ、これで一体どこが少子化なのかと思う。自分の感覚値としての“平均的な数字”が大きく変化したことは、案外大きい。

3つめは、たくさん稼がなくてもなんとかなると思うようになったことだ。子ども一人を育てるのにかかるお金はいくらと聞くと、つい人数を掛け算してしまうが、住まいも暮らしも自分でつくるリテラシーを身につけ、たくさんのお裾分けをいただき、つくれないものはつくることのできる友人がたくさんいるいま、たくさん稼がなくても怖くないのである。

もう1つ、夫が遅くても19時くらいには帰宅してくれることも大きな理由かもしれない。地方では企業勤めの人がそもそも少ないし、終電で帰宅するなんてことはまずないだろうと思う。夜は家に帰って、家族みんなでごはんを食べる。子どもたちの寝かしつけを一人で終えてから夫が帰宅するなんて皆無なのだ。さらには、地方ではじいじ、ばあばがすぐ近くにいることが多く、子育てのサポート体制が整っている。

地方でアラフィフという年齢を迎え第三子を出産したいま、振り返ってみると、子どもにとって都心という環境が窮屈だったのではなく、私が窮屈だったのかもしれない。そして、少子化対策として補助金や児童手当などが議論されるけれども、まちにどんな子育て施策があるかということよりも(もちろん充実しているほうが嬉しいけれど)、自分の肩の力が抜けることのほうが大事なのではないかと思う。

連載:里山に住む「ミニマリスト」のDIY的暮らし方
過去記事はこちら>>

文=増村 江利子

この著者の記事一覧へ

PICK UP

あなたにおすすめ

合わせて読みたい