世界38カ国、800万人が愛読する経済誌の日本版

1964年東京オリンピック開会式の様子。激動の時代を駆け抜けた東京都知事とは (Getty Images)

史上最多の22人が名乗りを上げ、バラエティに富んだ候補者が並ぶ2020年東京都知事選。7月5日の投開票日に向けて、候補者たちの強烈な個性がぶつかる選挙戦が続いているが、これまでの都知事選の歴史の中でも「一風変わった」候補者が目立つことは珍しくなかった。

「東京都知事」というポストが生まれたのは1947年4月5日のことだが、戦後に東京都が経験してきた9人の知事たちの経歴もまた多様であった。歴代の東京都知事たちはどのような人物であったのだろうか。彼らのキャラクターを表すエピソードとともに、激動の昭和を駆け抜けた都政の歴史を振り返ってみたい。

焼け野原から復興 「グレーター東京」の由来は初代都知事の公約?


初代都知事の安井誠一郎は、官僚としてキャリアを積んできた実務家の出身だ。戦前は内務省で植民地管理などの仕事に就いたほか、関東大震災の復興にも尽力した。戦後初の公選知事選挙に立候補して当選し、1947年から3期12年のあいだ在職した安井は、上野の東京文化会館の横に銅像にもなっている。


初代都知事の安井誠一郎。戦後の東京復興の舵取りを期待された

安井都政の基本的な課題は、占領軍が占拠し焼け野原と化した首都東京を復興させることだった。インフレや相次ぐ台風などの災害に見舞われて当初は復興が難航したものの、朝鮮戦争の特需景気によって経済がもちなおすと、建設ラッシュが続き復興は大きく前へと進んだ。他方で、3選目まで続き都知事の権限が強まると「安井一家」などとも呼ばれるようになり、都庁に蔓延した汚職の象徴として批判されるようにもなった。

ところで、現職の小池都知事の政策のひとつである「グレーター東京(大東京圏)構想の推進」について、ネット上では「変な横文字やめて!」「グレーター東京って何?」などの指摘がされていたが、実はこの言葉を最初に用いたのは安井誠一郎だ。経済白書にて「もはや戦後ではない」と宣言された1956年、戦後復興から経済成長へと時代が移り変わっていくなかで、安井が掲げた公約は「グレーター東京と首都圏整備」であった。意外にも戦後から現代へと受け継がれた、横文字混じりの言葉だ。

文=渡邊雄介、編集=督あかり

PICK UP

あなたにおすすめ

合わせて読みたい