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カルチャーの窓から

開演時間の18時をまわり、夕焼けが赤く染める田園風景と山肌をバックに仙台のサウンドアーティストNami Satoの演奏が始まった。彼女が奏でる穏やかな電子音に、観客はバックドアを上げた車の荷台に腰掛けながら耳を澄ます。数ヶ月ぶりに体験した生演奏の音楽だった。

山形県で開催されたこの非接触型ドライブイン形式の音楽イベント『DRIVE IN AMBIENT』は、コロナ禍を経た音楽の現場のニューノーマルとして、そして音楽の楽しみ方の多様性を提示する上でも画期的な試みだった。


演奏を披露したNami Sato。東北が拠点のサウンドアーティストで、東日本大震災をきっかけに活動を開始。「Red Bull Music Academy Berlin 2018」にも参加

足りないままでいるのが「新しい生活様式」か


緊急事態宣言が全面解除されたのが5月25日。東京ではその後、都が取りまとめた「新型コロナウイルス感染症を乗り越えるためのロードマップ」に沿って経済活動を徐々に再開し、6月19日には接待を伴う飲食店やライブハウスへの休業要請も解除となった。

政府系の金融機関による推計によると、音楽ライブや演劇などの中止や延期は3月から5月までの3ヶ月間で1万2705件に、損失額は9048億円にのぼるという。当然、今後もコロナ禍前と同じ条件、環境で営業ができるわけではなく、それぞれの業界団体が政府のまとめた感染防止のための注意事項のガイドラインに沿って細かなマニュアルを作成している。

例えばライブハウスの業界団体らが策定したガイドラインでは、店舗事業者向けには「リスク評価」や「店舗内の各所における対応策」、「従事者に関する感染防止策」「周知・広報」「保健所との関係」、公演主催者向けには「公演前の対策」「公演当日の対策」「公演後の対策」といった項目に分けて、場面ごとに講じるべき対策の例が挙げられている。

これらに沿ったかたちで営業を再開している店々に話を聞くと、イベント制作に制限が出ること、以前よりも仕事量が増すこと、そして、やはりどこか不安や後ろめたさを感じながらの営業になっている、ということを口にしていた。

そのほかに、厚労省が出している「イベント開催制限の段階的緩和の目安」では、イベント開催時の収容率と人数上限の段階的な緩和が示されている。これによると、最終ステップでは人数上限は無くなり、収容率は屋内では50%に抑え、屋外では「十分な間隔」を取ることを条件に開催ができるということが示されている。





キャパシティーの制限はあれど、開催自体は行える。しかし、客はイベントに行きたいか、主催者はイベントを気持ちよく打てるか、という心理的なレベルのわだかまりが解消されるのは、まだ先の話だ。緩和が進んだとして、客足がスムーズに戻ることは残念ながら考えにくい。

果たしてこれが音楽の現場における『「新しい生活様式」に基づく行動』のすべてなのだろうか。ハード面でもソフト面でも不完全さを抱えたままなんとかやり過ごすことが、新たな日常、ニューノーマルのあるべき姿なのだろうか。

有料のライブ配信をする、ステージや客席に2mのソーシャルディスタンスを確保する、観客同士の会話を控えさせる。もちろんいずれもやるべきだ。

私もこの三ヶ月で沢山の配信プログラムを見たし、大半は楽しめた。だが、どこかしっくりこないのは、配信はあくまでイベントを行う手段であって、本来の音楽体験そのものではないからだろう。もちろん、配信ならではの楽しみ方、可能性も承知しているが、制約によって体験が不完全なものになってしまうことがあらかじめ分かっている、つまりリアルの代替行為だと思って配信を見るのは、一時的なものであればこそ楽しめるが、これが新たな日常とは、到底受け入れられないのではないだろうか……。

文=三木邦洋、編集=千野あきこ

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