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光文社の書籍から読みどころをピックアップ。本好きな人たちのためのコンテンツ。

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黒人と警官の悲劇的な遭遇が起こってしまった理由は、単に「人種差別」や「個々の警官の無能さ」のためだけではない。人間同士の「わかりあえなさ」はもっと根深くて複雑なのだ。全米150万部のベストセラー、マルコム・グラッドウェル『トーキング・トゥ・ストレンジャーズ』から、読みどころを前編と後編に分けて一部紹介する。


保釈すべきか、そうでないか


その中年の裁判官は、背が高く、白髪頭で、明らかにブルックリン区で生まれ育ったとわかる訛りで話した。ここでは彼をソロモンと呼ぼう。ソロモンは10年以上前からニューヨーク州の裁判官として働いてきた。彼は横柄でも威圧的でもなかった。とても親切で、物腰は驚くほど穏やかだった。

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毎週木曜日は、罪状認否手続きで忙しくなる日だ。法廷に来る被告人はみな、なんらかの犯罪の疑いでここ24時間以内に逮捕された人々だった。留置場で眠れぬ一夜を過ごした彼らは、手錠をかけられてひとりずつ順番に法廷に連れてこられた。被告人たちは、ソロモンのちょうど左側にある仕切り板のうしろの低い長椅子に座る。それぞれの事件の審議が始まると、被告人の前科が記されたファイルが助手からソロモンに手渡される。彼は資料をめくり、必要な情報を頭に入れていく。被告人はソロモンのまっすぐ前に立ち、その横には弁護士、反対側に地方検事がいる。弁護士と検事が話し合いを始めると、ソロモンは耳を傾ける。それから彼は、被告人の保釈の是非を判断し、必要な場合には保釈金の額を決める。

眼の前にいる赤の他人には、自由が与えられるべきだろうか?

目は口ほどにものを言う?


彼に課せられたのは、見ず知らずの他人の性格を評価するという仕事だった。刑事司法制度の中では、その種のむずかしい判断を正しく下すためには、裁判官と被告人がまずは面と向かって会うべきだと定められている。

たとえば午後遅くにソロモンは、薄い髪を短く刈った年配の男性と対峙することになるかもしれない。ジーンズとキューバ・シャツに身を包んだ彼は、スペイン語しか話すことができない。男性は、恋人の6歳の孫への“虐待事件“にかかわったとして逮捕された。6歳の男の子は何が起きたかすぐに父親に話したという。地方検事は、保釈金を10万ドルに設定するべきだと主張した。男性に、そのような額を捻出できる財産などあるはずがなかった。もしソロモンが地方検事の提案に同意したら、キューバ・シャツの男性は刑務所に直行することになる。

一方、被告人の男性はすべてを否認した。彼には2件の前科があったものの、どちらも何年もまえの軽い罪だった。男性は機械工として働いていたが、刑務所行きになれば仕事を失うことになる。彼には元妻と15歳の息子がおり、現在の仕事の収入でふたりを養っていた。ソロモンとしては、父親の給料に頼って生活する15歳の息子について思いを馳せずにはいられなかった。さらに、6歳児の証言を鵜呑みにはできないとわかっていた。すべてが大きな誤解なのか、不吉な犯罪のパターンの一部なのか、ソロモンに判断できるはずがなかった。キューバ・シャツの男性を保釈するべきか、裁判まで身柄を拘束するべきかという決定は、恐ろしくむずかしいものだった。正しい判断を下すためにソロモンは、同じ状況に置かれた誰もがすることをした。彼は男性の眼をまっすぐ見やり、相手の正体を見きわめようとした。それが助けになったのか?

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