一方、ムライナサンのコンピューターは、被告人を実際に見ることも、法廷での証言を聞くこともできない。参考にできるのは、被告人の年齢と前科記録だけ。裁判官が利用できる情報の一部しか与えられなかったにもかかわらず、保釈決定についてコンピューターははるかに優れた判断を下すことができた。
フェアなオーディションは「衝立の影」で
私の2冊目の著書『第1感──「最初の2秒」の「なんとなく」が正しい』(Blink)の中で、オーケストラのためのオーディションでは、衝立のうしろに演奏者を隠したほうがよりよい結果が生まれることを説明した。つまり審査員から情報を奪うことが、より優れた判断へとつながった。でもそれは、誰かが演奏する姿を見ることから得られる情報が、実際の技術とはほぼ無関係だったからだ。バイオリン奏者の力量を判断するとき、その人物が小柄なのか大柄なのか、ハンサムなのか不細工なのか、白人なのか黒人なのかを知ることはなんの役にも立たない。むしろそのような情報は偏見を生み、判断をよりむずかしくするだけだ。
しかし保釈の決定についていえば、裁判官に与えられる追加の視覚情報は大いに役立つかのように思える。ソロモンの法廷に以前、バスケットボール用のハーフパンツと灰色のTシャツ姿の若い男性がやってきたことがあった。誰かと喧嘩し、相手から盗んだクレジットカードで車を購入した疑いで逮捕された人物だった。保釈申請の話し合いの中で地方検事は、男性が過去二回の逮捕後、決められた日に裁判所に出廷しなかったと指摘した。それは重大な危険信号だった。
とはいえ、すべての“不出廷“が同じわけではない。被告人に間違った日付が伝えられていたら? 仕事を休んでクビになるより、出廷しないほうがいいと判断した場合は? 子どもが病気にかかったら? それこそ、被告人の弁護士が裁判官に伝えたことだった──私のクライアントには出頭できなかった理由がちゃんとあります。コンピューターは被告人の個々の事情を知らなかったが、裁判官は知っていた。そのような情報が役立たないことなどありえるだろうか?
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同じように、保釈の是非を判断するうえでソロモンがもっとも警戒しているのは、暴力事件の容疑者の精神疾患だという。その種の事件は裁判官にとって一番やっかいな悪夢だった。保釈を認められた被告人が薬の服用をやめ、またひどい罪を犯すというケースが多々あるからだ。「仮釈放中の被告人が警察官を殺すことだってあります」とソロモンは言った。
会うと理解できなくなる?
その種の状況に陥ることを予測する手がかりは、被告人のファイルの中に隠れている──病歴、入院歴、責任能力がないと判断された記録。しかし、残りの手がかりはその場でしかわからない。「法廷では、情緒障害のある人を意味するEDPなどの単語がたびたび使われます」とソロモンは言う。
精神疾患についての情報は、被告人を逮捕した警察署の職員から裁判所に伝えられることもあります。罪状認否手続きにさきがけて精神科救急で検査を受け、医者が診断書を発行したケースです……ほかにも、情報が地方検事のファイルに記載されており、検事が被告人に直接質問する場合もあります……裁判官は、それらの事実を考慮したうえで判断を下さなくてはいけません。
精神疾患が疑われる被告人が現れると、ソロモンは相手を慎重にじっと見つめる。
きまって彼らは生気のない眼つきをしていて、相手と眼を合わせることができません。子どものように、前頭葉がまだ発達していないせいではありません。私が話しているのは、薬の服用を中止している大人の眼のことです……
ムライナサンの機械は、検察官がEDPについて話すのを耳にすることはできないし、被告人の生気のない眼つきを見ることもできない。当然ながらこの事実は、ソロモンや同僚の裁判官にとって有利にはたらくはずだ。しかしどういうわけか、結果は逆。
よく知らない人に会うと、実際に会っていない場合よりもその人物についてうまく理解できなくなることがあるのはなぜか?
(後編へ続く)