「出版界のロックスター」マルコム・グラッドウェル新作、全米150万部の理由

今回のグラッドウェルはこれまでと一味違う


平易な文体、複雑な構造


ところで、グラッドウェル・ファンで本書をすでに読んだ方はお気づきだろうが、これまでの4冊の著書と本書には絶対的かつ物理的な違いがある。それは「長さ」と「複雑さ」だ。

これまでの著作に比べて、本書はとにかく「長い」(巻末の原注も驚くほどの分量!)。なぜそうなったのか? 読みはじめてすぐおわかりいただけると思うが、本書はある意味でミステリー小説のような組み立てになっている。はじめにサンドラ・ブランドの死という“謎”を提示し、「見知らぬ相手を理解することのむずかしさ」というテーマを軸にさまざまな伏線を張っていき、最後の章ではその伏線が見事に回収され、すべてのパズルのピースがピタッとはまる。もちろんテーマ自体にもすばらしいものがあるが、この作品がアメリカで多くの人から高い評価を受けたのは、ストーリーテリングの妙にも理由があるのかもしれない。

この本の原書の英文は、じつにシンプルな言葉遣い、単語、文法で書かれている。平易な文体による文章の巧みさはグラッドウェル作品に共通する特徴だが、今作では、いままで以上に易しく語りかけるような口語的な文体が使われている。

にもかかわらず、全体像を把握するのは非常にむずかしく、あらゆる場所に張られた伏線を自分のなかで拾い上げて読まなければ最終的な結論を理解することはできない。私自身、翻訳を依頼されてから本ができあがるまで、英語と日本語で何度となく読んだが、読むたびに新たな発見があったし、こういう読み方もできるのではないかと毎回のように気づかされた。この作品のテーマや意図を完全に理解するには、より小説的な読解が必要なのかもしれない。


マルコム・グラッドウェル最新作『トーキング・トゥ・ストレンジャーズ』

もう一点、これまでの作品にくらべて本作でより際立っているのが、そのエンターテインメント性だろう。壮大な群像劇を読んでいるかと錯覚するようなエンターテインメント性、スリル、ドラマティックさがこの作品の大きな魅力である。そのエンターテインメント性がいかんなく発揮されているのが、今作の英語版のオーディブル(アマゾン社が提供する朗読オーディオブック)だろう。

おそらくオーディブルとしては世界初の試みとして、今作では登場人物の実際の音声データ、声優による演技、音楽、効果音などが多用され、あたかもひとつのラジオドラマのような作品に仕上がっている(ちなみに、ナレーターは著者本人)。このようなエンターテインメント性の強い小説的な手法を取ったことに関連して、著者のグラッドウェルは『フォーブス ジャパン』2020年2月号のインタビューで次のように答えている。

作家がやらなければならないことは、もっともパワフル、かつ可能なかぎり適切な方法で話を展開する術を習得することである。だからブランド事件を導入部で語り、話を広げ、社会のあらゆる部分にまつわる例を盛り込んでいくのがもっとも有益な手法だと考えた。そうすれば読者は、テキサスの一黒人女性の話ではなく、自分にも関係のある問題だと認識せざるをえなくなる。[訳者が一部変更]

もっと考えろ、思考停止に陥るな


本書では、見ず知らずの相手との関係にまつわるあらゆる実話が紹介されているが、なかには生々しい描写もあれば、心が締めつけられるような痛ましい犯罪譚もある。読者によっては好き嫌いが分かれ、特定のテーマについて著者の主張に納得いかないこともあるはずだ。アメリカの読者のレビューを読んでいても、「〇〇には共感できた」「××に関する主張にはあまり共感できない」といったようなテーマごとに賛否が分かれる感想が目立つ。

しかし、それも作者の策略ではないかと思うほど、本書の全体の構成は緻密に組み立てられている。賛否両論を引き起こすに違いない(かつ個人的に感情を揺さぶられる)さまざまなテーマを順に例に挙げ、そこに従来の解釈とは違う別の見方があることを示し、他者とのコミュニケーションがいかに難しいかを訴える。
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