化け物は社会の鏡。『鬼滅の刃』に見る現代の香り|妖怪経済草双紙

『百鬼夜行絵巻』, 国立国会図書館デジタルコレクション, コマ番号:16(著作権保護期間満了(パブリックドメイン))より


口裂け女のオリジナル


実は口裂け女には、オリジナルがあるようです。

『怪談 老の杖』、作者は平秩東作。インテリの武士なのですが、ヘヅツトウサクと読むそうです(屁のような戯作者という意味)。時は18世紀、安永年間で、黄表紙本と呼ばれた草双紙の全盛期です。草双紙はまさに時代を映す鏡だったと思います。現代風に言えば大衆小説ということになるのでしょうが、むしろ青少年から大人向けのコミックのような気がします。

絵入りの10ページほどの書籍で、もともとは子供向けの絵本のようなものだったようです。上方で出され、赤本、赤小本と呼ばれたものです。その後、黒本、青本という青年向け、大人向けの草双紙が刊行されて、いよいよチャンピオンともいうべき黄表紙本が生まれました。

いわゆる田沼時代、享保の改革と寛政の改革の間に挟まれた宝暦・天明時代です。この時代の特徴は田沼意次の個性によった部分が多く、かなりの自由度があったようです。田沼意次というと賄賂と腐敗に満ち溢れ、というイメージが強いですが、実際には開明的な、なかなかに優れた為政者だったようです。池波正太郎さんは、『剣客商売』で田沼を好意的に描いていますね。

田沼は従前の緊縮財政を改め、積極的な経済政策に打って出ました。商業資本をサポートして印旛沼干拓のような大規模公共工事や殖産興業に努めました。海外の先進科学に目を向けて、蘭学を奨励したのも田沼です。こんな時代の心象風景を的確に表しているのが黄表紙本だったと思います。

滑稽や怪奇に満ち満ちて、グロテスクでエロチックな描写に溢れる黄表紙は、まさに大衆雑誌の趣があります。では、活気と自由が横溢していたはずの町民文化の下で、なぜ禍々しいような妖怪物の草双紙が流行ったのか。恐らく庶民の心の底には、来るべき緊縮的で禁欲的な暗い時代が予感されていたのではないか。

悪く言えば放埓ともいえる田沼時代が、やがて「白河の清きに魚も棲みかねる」松平定信の寛政の改革に代わってしまうのではないか、という潜在意識です。

妖怪とか化け物は足元の時代だけではなく、いやむしろ近未来を予覚する人々の精神図絵なのではないか、と感じるのです。
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文=川村雄介

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