あの日の若いパパ
電車や飛行機等の公共機関で、泣いている子供と困り顔の親を見かける度に思い出す場面がある。
今から18年ほど前、私にはまだ子供はおらず、全国に出張で身軽に飛び回っていた。
その日も名古屋から大阪に向かう新幹線に乗り、仕事の緊張感から解き放たれる束の間のひととき、車内販売のアイスクリームを楽しみにしていた。ところが、だ。
乗った瞬間から遠くで子供の泣く声がする。「しまった」と思った。
しかも泣き声はどんどん大きくなり、やがて車両中に響き渡った。
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新聞に目を向けながらも明らかに不快な顔をする中年サラリーマン、舌打ちしながら寝た振りする大学生風の男性、私もさすがに態度には出さないものの、今の言葉で表現するなら「激しく同意」な心境だった。
見ると1歳前くらいの女の子の赤ちゃんと、若いパパの二人連れだ。
近くには育児経験のありそうな救世主になってくれる女性の姿は見当たらず、父親は泣き止まない娘を抱えデッキと車両を行き来するだけで、どう対応して良いか分からない様子だった。
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迷惑にならないよう自分の胸に子供の顔をあて、なんとか寝かせ付けようとしているのか、少しでも泣き声のボリュームを小さくしようとしているのか、次第に赤ちゃんの声はかすれ、しゃっくりと嗚咽で心配になるほどだった。
ようやく大阪に着くアナウンスが聞こえた時には、今までで一番長い名古屋─大阪間だったと感じた。
父親がとった、思いがけない行動
きっと周囲も「やれやれ」と思ったに違いない。今ごろ泣き疲れて眠った子供と大きなバッグを抱えた若い父親が車両を出てゆく背中を、私は少し恨めしく見ていた。
その瞬間、まるで父親は車掌のようにクルっと振り返った。
そして、よく通る大きな声で、「皆様! お疲れのところ、またお寛ぎのところ、お騒がせしてしまい、大変申し訳ありませんでした!」と、寝ている娘を抱えたまま頭を深々と下げたのだった。
私は予想外な光景に鳥肌が立った。