こういった考え方は、企業という単位のみならず、個々の技術者においても当てはまることだと思います。つまり、技術者が持っている技術資産についてもポートフォリオ的な観点で再考し、常に棚卸しをして、新たな資産を蓄えていく必要があるということです。
このような、技術者にとっての技術資産の組み替え方、蓄え方という思考は、デジタルトランスフォーメーションの進展が予想されるコロナ以後の世界において、さらに注視されるべきものであると思います。
さらに、これは技術者のみに必要な思考ではなく、あらゆる企業人が意識すべきものだと言えると思います。企業を支える皆さんには、「知識や専門性を組み替える、蓄える」という思考を意識的に持つことによって、現在の不透明な時代においても、企業の変革や成長に貢献していただきたいと願っています。
専門性のメニューをつくって可視化する
人気を博しているレストランには例外なく得意料理があります。「〇〇を食べるなら、まちがいなくあのレストラン」といった、多くの顧客の記憶に刻まれている得意料理、それは「スペシャリテ」というそうです。
世界中のレストランには、地域の素材を活かしつつ、ジャンルの異なる料理などからインスピレーションを得た、創造性豊かな唯一無二のスペシャリテがあります。人々はそのスペシャリテを求めて、時には長い列に並び、時には数カ月前から予約を入れてレストランを訪れ、喜びを味わいます。
私は、料理人がスペシャリテを創造していくプロセスと、技術者が基本技術を素材として、新しい応用技術を考案し、製品開発を実現していくプロセスとには、多くの類似点があると考えています。そして、そのプロセスには、技術者あるいは企業人としての多くの学びが含まれています。
例えば、ソフトウェアのエンジニアであれば、開発できる言語や対象システムやオペレーティングシステムなどは、技術者としての専門性です。データサイエンティストであれば、統計学、数学、情報科学といった高度な知識を活用して統計解析をする専門性です。そういった専門性を列記した「メニュー」をつくり、可視化することが、自身の「スペシャリテ」を創造していくためには不可欠です。
レストランのメニューは、その店の専門性のメニューであると言えます。料理のカテゴリーで分類方法は異なるものの、前菜やメイン、デザートといった区分けがされ、その日やその週に調達した食材で実現できる料理がリスト化されています。そして、その専門性のメニューをもとにして、店のスペシャリテが生み出され、それによって得られる体験価値が認められた店が人気を博すのだと思います。
技術者にとっても、「〇〇という技術分野ならあの人だ」というスペシャリテを含む専門性のメニューを持つことが重要です。そして、それが特異な領域であったり、高い難易度を要するものであったりすると、自然と仕事は集まってきます。昔から、「仕事は一番忙しい人に頼め」と言われるのですが、これは、おいしい料理にありつくには、行列のできる人気店に行くことが近道であるのと同じことです。