ビジネス

2020.07.03

自分だけの技術資産とは何か 不透明な時代こそ「スペシャリテ」が武器になる

Westend61/Getty Images


スペシャリテは狭く深く、先を見据えて


技術者の「スペシャリテ」は広くある必要はありません。他の人がやらない、できない分野を選ぶことが肝要で、さらには今後成長が見込まれる技術領域や技術テーマを選ぶことも良い選択であると思います。アナログ技術の全盛期に、技術を極めたベテランには敵わないと悟った若手技術者が、端緒についたばかりのデジタル技術を猛勉強して、その後のデジタルの隆盛を捉えて、トップクラスの技術者になったという話もあります。

私の例で言えば、30数年前、新卒入社した頃に、手書き文字認識アルゴリズムの開発チームに加えてもらいました。いまでいう第2世代人工知能と言われるルールベースを基礎にして、曖昧処理を行えるとして注目されていたファジィ理論を加えることで、より認識性能の高い文字認識を実現し、当時としては世界初となるペンコンピュータの文字認識エンジンとして搭載してもらいました。

幸いにも、先を見据えた、狭く深い分野の知識を得て、その後の私の「スペシャリテ」創造の礎とすることができました。30年以上も前にやっていた仕事が、現在、第3世代人工知能と言われるディープラーニングなどを中心とした人工知能技術領域を正しく理解し、その利点や弱点を理解するのにたいへん役立っています。

文字認識エンジンをリリースした後、1990年頃に米国の大学に企業留学して、1年間、訪問研究生として外国に滞在させてもらいました。当時は軍用としての応用が中心で、1993年の映画「ジュラシック・パーク」で導入されるまでは、民間での認知も進んでいなかったコンピュータグラフィックスを学ぶ機会も得ました。

また、1980年代にマッキントッシュで導入されたものの、1992年のWindows 3.1の登場まではグラフィックス・ユーザ・インタフェースという言葉が一般的でなかった時期に、ユーザインタフェースの研究もさせてもらいました。このような学びが、帰国後、プレイステーション事業にかかわった私の「スペシャリテ」となりました。

当時、コンピュータグラフィックスは、技術分野としては主流ではなく、私の周囲には研究テーマに懐疑的な目があったことも事実です。しかし、主流の技術分野に比べて幸運にも競争が穏やかで、そして何より、自分の関心分野について学び「楽しむこと」ができたのは、何にも代えがたい魅力でした。周囲に惑わされず「楽しむこと」を追求するのはとても重要です。

また、私には当時から、成功と失敗に対する信条がありました。最良なのは、「自分が決めて成功する」。次は、「自分が決めて失敗する」。3番目は「他人が決めて成功する」。最悪なのが「他人が決めて失敗する」。この留学は、私にとって最良の決断となりました。

著名なシェフの方々の経歴を拝見しますと、海外のレストランで修行時代を過ごされていることが多い。私にとっても海外での日々は掛け替えのない貴重な経験でした。

しかし、修行はどのような場所でもできるのだと思います。自分が「楽しむこと」を「自分で決める」。これを追求すれば、環境にかかわらず、どこでも修行の場になるのではないでしょうか。

昨今、コロナ禍でにわかに普及が加速したWeb会議システムなど、通信技術の発達で、瞬時に世界中の人々とつながれる時代になってきたことを考えれば、それらを最大限に活かし、海外に出かけずとも世界レベルの仕事に挑戦して欲しいと考えています。そして、今回の社会的、経済的な危機を通じて、より力強く、よりしなやかな、世界に1つだけのスペシャリテを創り出してくれることを強く願っています。

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文=茶谷公之

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