冷戦下に引き裂かれた「二つの心」、愛を生き抜いた芸術家の運命

(左から)パヴェウ・パヴリコフスキ監督、ヨアンナ・クーリク、トマシュ・コット(Pascal Le Segretain/Getty Images)


しかしパリでの成功を目指そうとするヴィクトルと、心の中にずっとポーランドの歌「二つの心」を抱いて精進してきたズーラの間には、徐々に軋みが生まれ始める。

「二つの心」をフランス語で歌うことになった時、有名詩人の訳詞を巡って起きる一悶着。それはズーラがどこまでも、自己の美意識と祖国の音楽の心に忠実であろうとするからだ。フランス語という外国語で歌いながらも、彼女は自分のスタイルを崩さない。

ポーランドの音楽が権力で歪められるのに嫌気がさして逃げ出したのに、原点を忘れてパリで資本主義の「商品」を作ることに自足するヴィクトル。

恋人への失望を隠さず、それでも彼が自分のレコードデビューのために作った売れ線のフレンチ・ジャズを歌い、しかしそんな不本意な状況に耐えられず、すべてを破壊するかのように踊り狂うズーラ。

どちらが芸術家としてより誠実で純粋かは明らかだろう。

「芸術家」の死


諍いの果てにズーラは突然姿を消し、ヴィクトルの音楽家生命は、スパイ容疑による拷問と投獄で終わる。彼を救出するためにズーラが選択したのは、権力に身を売ることだった。芸術家としての彼女もまたそこで死んだのだ。

二人が最後に訪れる場所は冒頭にも登場する、大戦でドイツの爆撃を受けたポーランドの教会である。破壊された祖国。ソ連に蹂躙された祖国の芸術。西側音楽の中に取り込まれた祖国の音楽。

長い回り道をしてきたヴィクトルは、とうに気づいていただろう。ズーラこそが、自分が途中で見失い、しかし心から求めていたポーランドそのものだったということを。

最後の場面はズーラがヴィクトルを導いているようにも見える。彼女が下した決断は単に、愛への殉死ではない。共に芸術家として己を貫く場所がなくなった世界に、潔く見切りをつけたのだ。

連載 : シネマの女は最後に微笑む
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文=大野 左紀子

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