味も空気も今っぽい。パリの「家ごはん」に出会える9区のビストロ

ウィレット(Willette)


もちろん、私のつくるものがプロのそれに相応するわけではないが、いまのパリのリアルライフを具現した料理ということなのかもしれない。

ウィレットは、12歳の時から親友の、幼馴染みの二人が運営する店だ。パリ郊外で育ったウィリアムとアレクシの2人は、バカンスになるとオーヴェルニュ地方にあるウィリアムの祖母の別荘に行き、いつも一緒に過ごしていたと言う。そして、おばあさんが食事の用意を始めると、2人で手伝った。

いつか一緒に店をやりたいと自然な流れで互いが思うようになっていたが、大人になってからは少し疎遠になったらしい。その間、ウィリアムはアラン・デュカスによるパリの「プラザ・アテネ」とロンドンの「ザ・ドーチェスター」ホテルのダイニングで5年、パリの人気レストラン「フレンチー」の立ち上げから4年と厨房で経験を積み、アレクシも飲食業界で働いて、南フランスの街モンペリエでレストランを経営していた。

お互いが30歳になる目前に、ある日ウィリアムからアレクシに連絡があった。「店を始めたい。一緒にやらないか」と。

パリの日常に溶け込む店


アレクシは1カ月半考え、パリに戻ると決めて、モンペリエで3軒経営していた店は共同経営者に譲り、パリへと引き上げた。

ただ、親友と仕事をするというのは、これまでに体験したことのない問題が生じる可能性もある。そう考えて、アレクシは「この店はウィリアムの店として始めるほうがいいと思う。もし2軒目を開けるとしたら、その店は、自分がオーナーになるよ」と伝えた。ウィリアムの兄にも、調整役として加わってもらうことになった。

店の壁にかかる絵は、ウィリアムのおばあさんのオーヴェルニュの家にずっとかかっていたもので、それは曽祖父が経営していた印刷所で刷られたものだそうだ。



ランプはウィリアムのお母さんが家から持ってきたもの、そしてお皿は、オープンしてすぐに常連客となった店と同じ通りに住むマダムが「昔、古物市で買い集めたお皿がいっぱいあるの。もう使いきれないし、この店に合うから、あなたたち使ってちょうだい」と譲ってくれたのだという。

付け合わせに登場するジャガイモのピュレは、ウィリアム母のレシピで、クレソンのスープはウィリアムの祖母が冬にいつもつくっていたもの、夜のメニューにフェットチーネがあるのは、ウィリアムの奥さんがイタリア人だからだそうだ。



少しも無理をしているところが見られないウィレットは、20代の若者たちがお酒とメインをひと皿だけ楽しみに来ていたり、マダムが日々の食堂がわりに使っていたり、すっかりこの街の人々の日常に溶け込んでいる。

体が疲れていて家で食べたい気分だけれど、まったくつくる気が湧かない日。そんなときはウィレットにごはん食べに行こうとすっかり私は思うようになっていた。

連載:新・パリのビストロ手帖
過去記事はこちら>>

文・写真=川村明子

ForbesBrandVoice

人気記事