味も空気も今っぽい。パリの「家ごはん」に出会える9区のビストロ

ウィレット(Willette)


どうにも気になって、5日後に今度はランチに出かけた。

黒板に書かれた週替わりのランチメニューには、前菜として「クレソンのポタージュ」と、「アンディーヴ、ブルー・ドーヴェルニュ、くるみのサラダ」。メインは、「仔羊肩肉の蒸し焼き」か、「ポロネギの貴腐ワインソース、ヘーゼルナッツとクルトン」が挙げられていた。

昼用の紙のメニューにはアラカルトがあったけれど、そのなかにサラダはなかった。それで、週替わりのランチメニューを取ることにした。やっぱりサラダ、それに仔羊肉の蒸し焼きを。

謎を解きたいような気持ちで、サラダを食べた。この日は、アンディーヴにブルーチーズ、そしてくるみと、定番の組み合わせだったけれど、オリーヴオイルの香りが素材の1つとしてしっかりと存在を示しており、クラシックな印象は全くない。とても爽やかなサラダだった。

仔羊肉のメインには、キヌアと人参を炊いたものと、スュクリンヌというロメインレタスが小さくなったような、とても歯ごたえのある葉野菜のサラダが添えてあり、それぞれが1:1:1のポーションで盛られている。温かい穀類と野菜の付け合わせに生の葉野菜も同時に食べられるのは、とても嬉しい。

デザートには、再度バナナケーキを食べたい気持ちもあったけれど、お腹がそこそこ満たされていたのでリンゴのクランブルを注文。リンゴの酸味が活かされ、甘みの欲求も満たしながら、口の中はさっぱりした。


デザートもどれも美味しい。これはムース・オ・ショコラ

食べ終えたときには、お腹いっぱいだと感じていたのに、夕方6時になる頃には空腹を覚えた。満腹中枢はしっかり刺激されるのに、仕事に支障をきたさないランチで、おまけにパリの中心部にあるから、パリの北部に住む友人とも、東部に拠点を置く友人とも待ち合わせがしやすい。

「家で食べるサラダみたいだね」


すっかり味をしめ、また5日後に今度は友人とランチに行くと、さすがに顔を覚えられていた。それで「もしかしたら、前回とメニューが同じかもしれない。毎週火曜に更新されるんです」と教えてくれた。

この連載で以前に紹介した「オ・バビロン」の料理も、フランスの家庭の味を思い出すものだった。家の空気を思い起こさせる意味では、ウィレットも同じだが、違いはおそらくこちらの料理(特にサラダ)は、いまのリアルな「家のごはん」なのだと思う。

料理好きな友人の家に行ったら、こういうサラダが出てきそうだし、肉や魚は1人分ちょうどのポーションで、付け合わせはたっぷり用意してあるというようなイメージが湧く。そしてそれらの味付けは、どうしてもワインが必要だと感じる塩加減ではなく、体に溶け込んでいく。

そしてこの10日後に、アポイントの合間に時間を繕って会う友人とのランチで、また出向いた。

彼女はサラダをひと口食べるなり「なんか、アッコさん家で食べるサラダみたいだね」と言った。

さすがに自分でそれを言うのはおこがましいと思い、口にしてはいなかったのだけれど、それを聞いて「いや、実は私もそう思っていた。味付け、似てるわけじゃないんだけど、なんか、同じように感じるよねえ」と言うと、「うん。アッコさん家で食べるみたい」と彼女はまた繰り返した。
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文・写真=川村明子

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